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某にょほさんが描いて下さった漫画に影響されて書いたもの。
この曲が長編のミクオにぴったりだと言われて、改めて聴いてなんやかんやで書きたくなって書きました。番外編はもう書かないつもりだったのに!
というわけで番外編。
第1話のmissing starより前のお話。
中学2年生、冬。
この曲が長編のミクオにぴったりだと言われて、改めて聴いてなんやかんやで書きたくなって書きました。番外編はもう書かないつもりだったのに!
というわけで番外編。
第1話のmissing starより前のお話。
中学2年生、冬。
気が付けばいつも目で追っている。声が聞こえれば振り返ってしまう。それに気付いたのはいつだったか。
目に染みるような色をした夕日に背中を向けて、俺たちはゆっくりと坂を上る。いつもよりゆったりとした足取りなのは歩幅の小さい彼女に合わせているから。多分それだけ。マフラーにうずめた顔をあげて俺はぼんやりと赤く染まった坂を見上げる。
「ミクオと2人で帰るのってなんか新鮮だなあ」
「……レンはどうしたんだよ」
「なんか先生と進路相談だってー。受験は来年なんだし、今からそんなに焦んなくたって良いのにねえ」
ふうん、と相槌をうつ。確かにレンは成績は良いし、今からそんなに焦ることもないはずだ。ちらりと横目でリンを見て、それから何気ないふりをして質問をする。
「リンは? レンと一緒の高校受験するのか?」
「そうだよ」
何の迷いも無い短い返事。「当然じゃん」とでも言いたげな口調だ。予想していたこととはいえ俺は少し苦い気持ちになる。
「お前、自分の進路なんだからもう少し真剣に考えろよ」
「失礼だなあー。ちゃんと考えてるよ」
「嘘つけ。どうせレンが選んだからリンもそこにしたんだろ」
自然に刺々しい口調になってしまい、言ってしまった後にガキみたいだと自己嫌悪に陥る。違うよという反論がすぐに返ってくるだろうと俺は身構えていたが、
「そうだよ」
リンは意外にもハッキリとした口調でそう認めた。
「真剣に考えたよ。自分のやりたいこととか、友達のこととか、あ、もちろん成績のこととか。でも、いろいろ欲張ってたら決められなくなっちゃって、それであたしにとって何が一番大切なのかなあって考えたの」
俺はリンを見た。いつの間にか見下ろせるようになってしまったリンの横顔。夕日でほんの少し赤く染まったその横顔に俺は目が離せなくなる。
「それでわかった。あたしにとって一番大事なのはレンと一緒にいることだって。だから適当に決めたわけじゃないよ」
でしょ、とリンは俺を見てにっと笑った。ちくりと胸に針を刺されたような痛みを覚え、耐えきれずにふいと顔を背ける。リンを傷つける言葉が喉までせりあがってきて、しかしそれは言葉になる前に霧のように消えていった。
「…………ガキ」
代わりに小さく吐き捨てると、どうせガキだもんとリンは唇を尖らせた。
――――違う
俺は心の中で呟く。違うよ、リン。今のは自分に言ったんだ、と。
だけどその言い訳も結局は声にならないまま消えていくのだ。
ガキだなあ、ホント。
嫌になる。
リンとレンが行くつもりだという高校は地元の普通校だった。名前を聞いてすぐに「そこなら俺でも入れるな」と思ってしまった自分がひどく情けない。
……リンの進路の決め方を言える立場じゃないよな、俺。
強い風が吹いて、それに紛れてこっそりと溜息をついた。そんな俺の隣でリンがぶるぶると猫のように体を震わせる。
「ううーっ、寒いぃっ」
「……お前そんな寒そうな格好してるからだよ」
「制服だから仕方ないでしょ! ミクオは良いなあーマフラーがあって」
「貸さねーぞ」
「別に最初から期待してないしー」
ふいにリンが俺のほうを見た。まっすぐに注がれるまなざしに俺の心臓が小さく跳ねる。
「な、んだよ」
リンは何も言わない。いつの間にかお互いに足を止めていた。青い瞳はぶれることなく俺だけを見ている。心臓の鼓動がゆっくりと加速する。冷たい風が俺とリンの間を吹き抜けて、そして、
「うりゃ」
「ぎゃあっ」
氷のように冷たいリンの掌が俺の頬に押しつけられた。俺は驚いてその場から飛びのいた。リンを睨みつけてお前、と声を荒げたがリンは腹を抱えてころころと笑っている。
「ぎゃあ! だって! クールなミクオくんが、ぎゃあっ、だって!」
悔しさと怒りで頬に熱が集中する。威嚇するように大股でリンに近づいたがリンは少しも怯む様子も無くにやにやと口元に笑みを浮かべている。
「どういうつもりだてめー」
「あったかそうにしているミクオにイライラしたから嫌がらせ。はっはっはー、ぎゃあっ。だって。ぶはっ」
「この、」
「ほらほら油断してるともう1回!」
リンの白い手がするりと伸びてきたが、今度はそれを咄嗟に掴むことで阻止する。しかし思わず掴んだリンの手の冷たさと、そしてその指の細さに俺はぎょっとしてしまう。
「…あーやっぱり2回目で不意打ちは難しいかあ。ていうかミクオ手ぇあったかいねーなんで?」
俺は答えない。意識の全てが、掌ですっぽりと包んでしまった小さな手に集中していた。こんなに違ってしまったのかと半ば愕然として、俺はリンの手を見つめる。変わっている。着実に、季節は巡っている。どんなにゆっくり歩いても、この時間に終わりは来る――――
「――――ミクオ? どうしたの?」
ぐい、とマフラーをひかれて俺はようやくリンの方に意識を戻した。おどおどとした様子で俺を覗き込むリンに焦点が合う。
「お、怒った?」
さっきとはまるで対照的なリンの態度に、俺は我慢できずに思わず噴き出した。
「えっ、なになに?」
「……怒ってない。お前本当にガキだな」
「うう、うるさいな! もう、いいから手離してよっ」
リンの言葉でようやく手を繋いだままだったことを思い出す。俺は慌てて離そうとして、動きを止める。冷たいリンの指がどこか心地良い。
しばらく逡巡して、結局俺はリンの手を乱暴に引いて歩き出した。無言のまま進みだした俺に、後ろでリンが戸惑っているのが分かった。
「ちょっ、ミクオ?」
「……手。冷たいんだろ」
「へっ? え……あ……うん……」
「…………」
「…………うん……」
沈黙が落ちる。気まずさに息がつまりそうだが俺は手を離さない。
なんでこういう時だけ普通の女子みたいな反応するんだ、と八つ当たり気味に胸中で毒づく。昔のお前なら素直にお礼を言うか嫌味を言いながらも手を握り返すぐらいするだろ。どうして何も言わないんだよ。どうして余所余所しく握り返したりするんだよ。
さっきとは違う意味で顔に熱が集中する。夕方で本当に良かった。アホで鈍感なリンには俺の顔が今どんな色をしてるかなんて分かるまい。
足元に伸びる長い影。昔はおんなじ高さだったそれが、今はでこぼこになってることにリンは気付いているのだろうか。
顔を上げると坂の終わりが見えた。そこを上りきったらこの時間はすぐ終わる。そう考えると、自然と歩くスピードは緩やかになる。
こんなの鼻で笑われてしまう程度のささやかな抵抗だ。だけどもう少しだけ。多分こんな時間は二度と無いから、
だから。せめて、もう少しだけ――――
「レン!」
びくりと肩が震えた。リンの足が止まり、俺も振り向かないまま足を止める。リンのはしゃいだ声が耳に届く。
「進路相談終わったの?」
「明日に延期になったんだよー! そこにいるのミクオー?」
「うん! レンもいっしょに帰ろうよ!」
少しずつ、体から力が抜けていく。リンの声から伝わってくる感情が、毒のように俺の心をじわりと蝕む。鮮やかな夕日の色がゆっくりと褪せていく。この街が赤く染まる時間が、もうすぐ終わるのだ。
「行こうミクオ!」
のろのろと振り向くと顔いっぱいに嬉しさを浮かべたリンがいた。坂を数十メートル下った所にレンも見えた。しかし俺の体は石になったようにその場を動けなかった。リンが不思議そうに首を傾げた。
「リンどうしたー?」
レンの声にリンが振り向く。リンの唇があのね、と動くのがスローモーションのように目に映った。金色の髪がさらりと揺れて視界を横切る。するりとリンの指が俺をすり抜けて――――
「……ミクオ?」
俺は子供のようにリンの手を掴んで引き留めていた。リンの顔を見ることが出来ずに俺はひたすらに自分の爪先に視線を落とす。
馬鹿じゃねえの、と笑いたくなる。本当に子供みたいだ。誰かにとられたくなくて意地でもしがみつく子供染みた反攻。しかし指は固く握ったままだった。
リンは無言のまま俺が掴んだ手を見下ろしていた。俺はそっと唇を噛む。こんなの無意味だ。リンを困らせるだけじゃないか。
ごめん、と呟いて俺は指を離そうとした。
しかしその時、リンの指が柔らかく俺の手を握り返した。驚いて顔をあげる。柔らかく微笑んだリンは小さく囁いた。
「……行こ。ミクオ」
促すように俺を見るリンは、しかし俺の手を無理に引くこともなくじっと俺を見上げていた。俺は再び小さく俯いて、そしてゆっくりと坂を下る。リンはそんな俺に合わせるようにゆっくりとした足取りでレンに向かっていく。
「ホントにミクオの手、あったかいねぇ。なんでかなあ」
歌うようにリンは呟く。
俺は小さく「さぁな」と答えた。
(永遠にこのままなんて、無理だってことは分かってる)
(だけど今だけ)
――――せめてこの手が自然に離れる時までは。
俺は寒さに小さく身を震わせて、ひとり家路についていた。眠りにつく準備を始めた街は、赤い水彩で染められている。
そんな赤い海の中を歩きながら俺の意識はぼんやりと幼い頃の思い出を泳いでいた。
足元に落ちた長い影は2人分じゃなくて1人分。あの頃より少しは大きくなっているだろうか。しっかりとした足取りで前に進めているんだろうか。
風の冷たさに俺は首を竦めた。
秋が終わりを告げようとしていた。冬が来る。また、季節が巡っている。
「ミクオ!」
俺ははっとして足を止めた。振り返ると、こちらに向かって大きく手を振る人影が見えた。そしてその人影はこちらにぱたぱたと走り寄ってくる。
そんなに慌てたら転ぶぞ、と呆れながら子供みたいなその姿に思わず小さく笑い声をあげた。夕日と寒さで赤くなった頬がここからでもはっきりと見える。
近付いてくる彼女に向かって、俺は夕日に照らされた坂を一歩踏み出した。
10.12.20
変わらないもの。変わってゆくもの。変わらないでいてくれるもの。
目に染みるような色をした夕日に背中を向けて、俺たちはゆっくりと坂を上る。いつもよりゆったりとした足取りなのは歩幅の小さい彼女に合わせているから。多分それだけ。マフラーにうずめた顔をあげて俺はぼんやりと赤く染まった坂を見上げる。
「ミクオと2人で帰るのってなんか新鮮だなあ」
「……レンはどうしたんだよ」
「なんか先生と進路相談だってー。受験は来年なんだし、今からそんなに焦んなくたって良いのにねえ」
ふうん、と相槌をうつ。確かにレンは成績は良いし、今からそんなに焦ることもないはずだ。ちらりと横目でリンを見て、それから何気ないふりをして質問をする。
「リンは? レンと一緒の高校受験するのか?」
「そうだよ」
何の迷いも無い短い返事。「当然じゃん」とでも言いたげな口調だ。予想していたこととはいえ俺は少し苦い気持ちになる。
「お前、自分の進路なんだからもう少し真剣に考えろよ」
「失礼だなあー。ちゃんと考えてるよ」
「嘘つけ。どうせレンが選んだからリンもそこにしたんだろ」
自然に刺々しい口調になってしまい、言ってしまった後にガキみたいだと自己嫌悪に陥る。違うよという反論がすぐに返ってくるだろうと俺は身構えていたが、
「そうだよ」
リンは意外にもハッキリとした口調でそう認めた。
「真剣に考えたよ。自分のやりたいこととか、友達のこととか、あ、もちろん成績のこととか。でも、いろいろ欲張ってたら決められなくなっちゃって、それであたしにとって何が一番大切なのかなあって考えたの」
俺はリンを見た。いつの間にか見下ろせるようになってしまったリンの横顔。夕日でほんの少し赤く染まったその横顔に俺は目が離せなくなる。
「それでわかった。あたしにとって一番大事なのはレンと一緒にいることだって。だから適当に決めたわけじゃないよ」
でしょ、とリンは俺を見てにっと笑った。ちくりと胸に針を刺されたような痛みを覚え、耐えきれずにふいと顔を背ける。リンを傷つける言葉が喉までせりあがってきて、しかしそれは言葉になる前に霧のように消えていった。
「…………ガキ」
代わりに小さく吐き捨てると、どうせガキだもんとリンは唇を尖らせた。
――――違う
俺は心の中で呟く。違うよ、リン。今のは自分に言ったんだ、と。
だけどその言い訳も結局は声にならないまま消えていくのだ。
ガキだなあ、ホント。
嫌になる。
リンとレンが行くつもりだという高校は地元の普通校だった。名前を聞いてすぐに「そこなら俺でも入れるな」と思ってしまった自分がひどく情けない。
……リンの進路の決め方を言える立場じゃないよな、俺。
強い風が吹いて、それに紛れてこっそりと溜息をついた。そんな俺の隣でリンがぶるぶると猫のように体を震わせる。
「ううーっ、寒いぃっ」
「……お前そんな寒そうな格好してるからだよ」
「制服だから仕方ないでしょ! ミクオは良いなあーマフラーがあって」
「貸さねーぞ」
「別に最初から期待してないしー」
ふいにリンが俺のほうを見た。まっすぐに注がれるまなざしに俺の心臓が小さく跳ねる。
「な、んだよ」
リンは何も言わない。いつの間にかお互いに足を止めていた。青い瞳はぶれることなく俺だけを見ている。心臓の鼓動がゆっくりと加速する。冷たい風が俺とリンの間を吹き抜けて、そして、
「うりゃ」
「ぎゃあっ」
氷のように冷たいリンの掌が俺の頬に押しつけられた。俺は驚いてその場から飛びのいた。リンを睨みつけてお前、と声を荒げたがリンは腹を抱えてころころと笑っている。
「ぎゃあ! だって! クールなミクオくんが、ぎゃあっ、だって!」
悔しさと怒りで頬に熱が集中する。威嚇するように大股でリンに近づいたがリンは少しも怯む様子も無くにやにやと口元に笑みを浮かべている。
「どういうつもりだてめー」
「あったかそうにしているミクオにイライラしたから嫌がらせ。はっはっはー、ぎゃあっ。だって。ぶはっ」
「この、」
「ほらほら油断してるともう1回!」
リンの白い手がするりと伸びてきたが、今度はそれを咄嗟に掴むことで阻止する。しかし思わず掴んだリンの手の冷たさと、そしてその指の細さに俺はぎょっとしてしまう。
「…あーやっぱり2回目で不意打ちは難しいかあ。ていうかミクオ手ぇあったかいねーなんで?」
俺は答えない。意識の全てが、掌ですっぽりと包んでしまった小さな手に集中していた。こんなに違ってしまったのかと半ば愕然として、俺はリンの手を見つめる。変わっている。着実に、季節は巡っている。どんなにゆっくり歩いても、この時間に終わりは来る――――
「――――ミクオ? どうしたの?」
ぐい、とマフラーをひかれて俺はようやくリンの方に意識を戻した。おどおどとした様子で俺を覗き込むリンに焦点が合う。
「お、怒った?」
さっきとはまるで対照的なリンの態度に、俺は我慢できずに思わず噴き出した。
「えっ、なになに?」
「……怒ってない。お前本当にガキだな」
「うう、うるさいな! もう、いいから手離してよっ」
リンの言葉でようやく手を繋いだままだったことを思い出す。俺は慌てて離そうとして、動きを止める。冷たいリンの指がどこか心地良い。
しばらく逡巡して、結局俺はリンの手を乱暴に引いて歩き出した。無言のまま進みだした俺に、後ろでリンが戸惑っているのが分かった。
「ちょっ、ミクオ?」
「……手。冷たいんだろ」
「へっ? え……あ……うん……」
「…………」
「…………うん……」
沈黙が落ちる。気まずさに息がつまりそうだが俺は手を離さない。
なんでこういう時だけ普通の女子みたいな反応するんだ、と八つ当たり気味に胸中で毒づく。昔のお前なら素直にお礼を言うか嫌味を言いながらも手を握り返すぐらいするだろ。どうして何も言わないんだよ。どうして余所余所しく握り返したりするんだよ。
さっきとは違う意味で顔に熱が集中する。夕方で本当に良かった。アホで鈍感なリンには俺の顔が今どんな色をしてるかなんて分かるまい。
足元に伸びる長い影。昔はおんなじ高さだったそれが、今はでこぼこになってることにリンは気付いているのだろうか。
顔を上げると坂の終わりが見えた。そこを上りきったらこの時間はすぐ終わる。そう考えると、自然と歩くスピードは緩やかになる。
こんなの鼻で笑われてしまう程度のささやかな抵抗だ。だけどもう少しだけ。多分こんな時間は二度と無いから、
だから。せめて、もう少しだけ――――
「レン!」
びくりと肩が震えた。リンの足が止まり、俺も振り向かないまま足を止める。リンのはしゃいだ声が耳に届く。
「進路相談終わったの?」
「明日に延期になったんだよー! そこにいるのミクオー?」
「うん! レンもいっしょに帰ろうよ!」
少しずつ、体から力が抜けていく。リンの声から伝わってくる感情が、毒のように俺の心をじわりと蝕む。鮮やかな夕日の色がゆっくりと褪せていく。この街が赤く染まる時間が、もうすぐ終わるのだ。
「行こうミクオ!」
のろのろと振り向くと顔いっぱいに嬉しさを浮かべたリンがいた。坂を数十メートル下った所にレンも見えた。しかし俺の体は石になったようにその場を動けなかった。リンが不思議そうに首を傾げた。
「リンどうしたー?」
レンの声にリンが振り向く。リンの唇があのね、と動くのがスローモーションのように目に映った。金色の髪がさらりと揺れて視界を横切る。するりとリンの指が俺をすり抜けて――――
「……ミクオ?」
俺は子供のようにリンの手を掴んで引き留めていた。リンの顔を見ることが出来ずに俺はひたすらに自分の爪先に視線を落とす。
馬鹿じゃねえの、と笑いたくなる。本当に子供みたいだ。誰かにとられたくなくて意地でもしがみつく子供染みた反攻。しかし指は固く握ったままだった。
リンは無言のまま俺が掴んだ手を見下ろしていた。俺はそっと唇を噛む。こんなの無意味だ。リンを困らせるだけじゃないか。
ごめん、と呟いて俺は指を離そうとした。
しかしその時、リンの指が柔らかく俺の手を握り返した。驚いて顔をあげる。柔らかく微笑んだリンは小さく囁いた。
「……行こ。ミクオ」
促すように俺を見るリンは、しかし俺の手を無理に引くこともなくじっと俺を見上げていた。俺は再び小さく俯いて、そしてゆっくりと坂を下る。リンはそんな俺に合わせるようにゆっくりとした足取りでレンに向かっていく。
「ホントにミクオの手、あったかいねぇ。なんでかなあ」
歌うようにリンは呟く。
俺は小さく「さぁな」と答えた。
(永遠にこのままなんて、無理だってことは分かってる)
(だけど今だけ)
――――せめてこの手が自然に離れる時までは。
俺は寒さに小さく身を震わせて、ひとり家路についていた。眠りにつく準備を始めた街は、赤い水彩で染められている。
そんな赤い海の中を歩きながら俺の意識はぼんやりと幼い頃の思い出を泳いでいた。
足元に落ちた長い影は2人分じゃなくて1人分。あの頃より少しは大きくなっているだろうか。しっかりとした足取りで前に進めているんだろうか。
風の冷たさに俺は首を竦めた。
秋が終わりを告げようとしていた。冬が来る。また、季節が巡っている。
「ミクオ!」
俺ははっとして足を止めた。振り返ると、こちらに向かって大きく手を振る人影が見えた。そしてその人影はこちらにぱたぱたと走り寄ってくる。
そんなに慌てたら転ぶぞ、と呆れながら子供みたいなその姿に思わず小さく笑い声をあげた。夕日と寒さで赤くなった頬がここからでもはっきりと見える。
近付いてくる彼女に向かって、俺は夕日に照らされた坂を一歩踏み出した。
10.12.20
変わらないもの。変わってゆくもの。変わらないでいてくれるもの。
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