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久しぶりの更新は某さんの誕生日に間に合わせるはずだったものです。
しってるか、これ、数ヶ月前から書いてたんだぜ…。自分でもびっくりした…。
いつものごとく学パロなんですが、珍しく双子じゃないです。
でも雰囲気はいつも通りです。
エッチをしている時の私の頭の中は結構冷静だったりする。
体をまさぐられてても「あーここが良いなあ」とか「そこはあんまり好きじゃないなあ」とか「あ、明日ドラマの最終回だ」とか、普段と変わらないとりとめのないことを考えている。「気持ち良い?」とか訊かれても、この人はこういう返事が好きなんだろうなと考えてから答える。気持ち良いよ、ってにっこり笑うのか、言えないよおって恥ずかしがるのか、それともわざと答えずに唇を噛むのか。とか。
一度それを友達に話した時、その子は凄く嫌そうな顔をした。そして吐き捨てるように言った。
「リン、アンタいちいちそんな風に計算してんだ」
それ以来そのことは誰にも言ったことがない。女の子の友情には簡単にひびが入ること、そしてひび割れた友情が何をもたらすかを私はよーく知っているのだ。
そんなこんなで私は今日も体をまさぐられながら夕飯どうしようかなあと考えていた。
薄暗い教室に差し込む西日は、空中に舞う埃をきらきらと照らしている。机も椅子も無いがらんどうの空き教室は、コウイウコトをするのに最適でよく使わせてもらっていた。
今日の相手は3年生の先輩で、頭は良いけどあんまり上手じゃない人だ。それからちょっとエム。ブラウスのボタンは全部外されて、先輩は私の胸に顔をうずめながらずーっと太ももを撫でている。
この先輩太もも好きなのかなあ。む、なんだか鳥もも肉食べたくなってきたな。ていうか無性にから揚げが食べたい。と、私の思考が脱線しているうちに太ももをさすっていた手がすっと奥のほうへと伸びてきた。ちゅ、とリップ音が耳に届く。ようやくかあ、と私は思いながらいつものように「あ」と色っぽい声を上げる準備をした。その時だ。
粘ついた空気をぶち壊すような軽やかな音をたてて、教室のドアが開いた。
「あ」
思わず、準備していた色っぽい声とは真反対の間抜けな声が口から漏れた。
先輩の肩が大げさに跳ねて、飛び退くように私から身を離した。こうもり傘みたいに私に覆いかぶさっていた体が退くと、一気に視界が開けてドアを開けた人物が視界に飛び込んでくる。空き教室の床に転がったまま、私はその人を見つめた。
長い金髪を高い位置で一つにまとめたその人は、制服からすぐに男の子だと分かった。逆に言うと、制服じゃなければすぐに性別が判断できないくらいに中世的な顔立ちをしていた。濃紺のブレザーに包まれた体は男の子にしては凄く華奢で、顔の輪郭はすっきりとしている。眼鏡のレンズ越しに見えた青い瞳は外国の海みたいな透明な色をしていた。
誰もが認めざるをえない、美形。
綺麗な子だ、と思わず感心した。
その人は床に転がった私と、わたわたと上着を着る先輩を見た。そして僅かに眉を顰めた。その唇が何か言おうと動いたけど、大慌ての先輩が彼の横を駆け抜け走り去ってしまったので、結局何を言おうとしたのかはわからなかった。ばたばたと足音が遠ざかる。あーあ、これからだったのに。と私は少しがっかりした。思わず溜息をつこうとしたら、はあ、と綺麗な男の子に溜息を先越されてしまった。
男の子は窓に近寄ると開け放されていた窓を閉めてきっちりと鍵をかけた。どうやら戸締りをしにきただけらしい。彼の仕事なら仕方ないかもしれないけど、良いところを邪魔された私は少し不機嫌だった。寝転がったまま上履きを片方脱いで、それを彼の後頭部にぱこんとぶつけてやった。
マイナス100度くらいの冷たい視線で彼は私を睨んだ。
「……何」
「せっかく盛り上がってたのに邪魔された仕返し」
「そもそもここは学校だ。学校の施設内であんなプライベートなことをしてる方に非があるだろ」
「だから空き教室を選んだんでしょ!」
「空き教室も立派な学校の施設だ。それとアンタ、いつまでそうしてるつもり」
私は唇を尖らせたままのろのろと上半身だけ起こした。例えどんな美形でも私に優しくない人は嫌いだ。苛々と私は手を差し出す。
「上履き。返してよ」
「起き上がるよりも先に自分の格好を見ろって言ってるんだけど。ボタン――――」
「いーから上履き! 返して!」
男の子は眉間に皺を寄せてから、足元に落っこちていた上履きを拾った。そして私の方に歩いてきてことりと傍らに置いてくれる。
あれ。放り返すと思いきや意外と優しいんだ。……いやいや、でも、エッチの邪魔したんだコイツは。
危うく心がほだされかけたが、私を見つめる冷たい視線は変わらない。
だってこういう目はよく知ってる。ケイベツしている人に向ける目だ。
挑むようにその視線を真っ向から受け止め、ふんと鼻を鳴らした。
「どうせケイベツしてるんでしょ。私のこと」
「さあね。それよりボタンしめなよ。寒くないの」
「うるさい。童貞は黙ってろ」
そう言ったら本当に黙ったので私は目を丸くした。
「えっ、なに、マジで童貞なの」
「喋る気が失せただけだよ。じゃあサヨナラ」
「あっ、コラ待て!」
踵を返した男の子の後頭部に、傍らに置いてもらった上履きを再びぶつける。ぱこん、と小気味良い音。何だか今日の私、やたらコントロールが良い。
「……何」
低い声ははっきりと苛立ちを含んでいた。私は憤然と立ち上がり、ひるむことなく彼に近づく。そして乱暴に彼のネクタイをひっぱった。
「言ってんでしょ。私邪魔されて怒ってるの」
「それは申し訳ないことをした。心から謝罪する。さようなら」
「だからさ」
すっと、空いた手で男の子の眼鏡を外した。そして吐息がかかるほどまでに距離を詰める。
「……先輩の代わりに、続きしてよ」
とびっきりの甘い声で囁いて、微笑んだ。
多分優しくないし、多分童貞だし、多分へたくそだけど、この際どうでもいい。凄く可愛い顔をしてるし、こういう男の子と一度してみるのも良いかもしれない。とにかくこの、中途半端に残った熱をどうにか出来るのなら。
しかしこんなに可愛い女の子にお誘いを受けているというのに、男の子の表情は1ミリも変わらなかった。
アーララ、超展開に思考停止してんのかな? 私はそれを勝手にオーケイのサインだとみなし、引き結ばれた唇に顔を近付けた。しかし、私のうるうる唇は目的の場所に達する前に掌で塞がれてしまう。
……………………ちょっと。
いくら優しい私でも、ここまで邪魔され続けるのはさすがに我慢ならない。例え相手がどんなに美形でも、だ。
いい加減にしてよ、と思わず声を荒げようとして、しかし結局、言葉が音になることは無かった。
「アンタって、そういう風にしか誰かを引き留められないんだ」
そう言って細められた青い目。その目に浮かんだ憐憫の色に私の体は凍りついたのだった。
彼のひやりとした指が唇を離れ、ネクタイを掴んだ私の指に絡んだ。驚いて、体を引こうとして――――あれ、何で私逃げてるんだろう、と自分でもびっくりする。だけどその細くて長い指は私を引き寄せるでもなく、ただ私の指先からネクタイを外しただけだった。その手はそのまま私の持っていた眼鏡をそっと取り上げた。流れるような仕草に、抵抗する暇も無い。
あ、と声にならない声を上げる。
逃げられちゃう。
そう思うのに、人形のように大人しく彼の一挙一動を見守ることしかできなかった。
ほとんどゼロだった距離があっという間に離れて、私は何だか無性に寂しくなる。それでも、動けない。指一本動かせない。追いかけたいと思うのに、追いかけるなんて嫌だ、という二つの感情がぶつかって体を膠着させる。
動けなくなった私を男の子は一呼吸分ぐらいの時間、見つめた。
そして驚くことに彼は――――私の頭をふわりと撫でたのだった。
それは今までの言葉や視線からは想像もできないほどに優しい手つきだった。
一瞬のこと。
すぐにその手は離れ、彼は一言も残さずに教室を去ってしまった。
空き教室に残されたのは、服を乱して片方しか上履きをはいていない私と、むず痒い感情だけだった。
「ねえレーンー。暇だよー」
反応無し。
「もう暇過ぎて死にそうー。ねえねえ、さっきから何してるの?」
反応無し。
「無視すんなー。おーい、レーン。童貞のレンくーん」
反応有り。
ずっと背中を向けて机に向かっていたレンは、ようやく私の方を振り向いた。
「うるさいから出て行ってほしいんだけど」
相変わらず氷みたいに冷たい視線と声だ。しかし彼の私に対する態度は常にそれが標準装備なのでいい加減慣れてしまった。ちっとも怖くない。人間クーラーみたいなものだと思えば平気なのだ。むしろありがたみを感じるくらい……にはまだなれないけど。窓枠に腰かけた私は足をぱたぱたと揺らしながらやだ、と笑った。
「嫌とかじゃなくて。本気で邪魔」
「じゃあ静かにしてるからレンの隣に行って良い?」
「駄目。何かアンタ体べたべた触ってくるから嫌だ」
「私、自分で言うのもなんだけど上手い方だよ?」
レンは本格的に苛ついてきたらしく、再び机に向かってしまった。私はやれやれと肩を竦める。邪険に扱われるのにも慣れたカワイソウな私は、素っ気ない態度をされても前みたいにいちいち怒ることもなくなった。
生徒会室は、私とレン以外は誰もいない。というより、レン以外の生徒会役員をここで見たことがない。「他の人は?」と一度訊いたことがあるが、レンは「さあね」と言っただけだった。人に言えないような事情があるのか、説明するのが面倒なのかはわからないが(多分、というか絶対後者)誰もいない方が私も好都合だ。それ以上は訊かなかった。
生徒会室は4階にあり、広さは教室の3分の1程度。真ん中に置かれた長机の上は雑多に書類が広げられている。そこに今にも崩れそうな本の山がいくつもあり、椅子の上までプリントが積まれている有様だ。唯一片付いている場所は、窓際に置かれた少し大きな机だけ。レンはいつもそこに座っている。私には分からないような書類とにらめっこしている時もあれば、勉強をしている時もあった。座る場所が無い私は、仕方ないので窓枠に腰かけてレンの後頭部を見つめている。時折訪問者がいるが、二言三言交わすとすぐに出て行ってしまうので、ほとんど二人きりの状態だった。そうやって放課後を過ごすようになって、ちょうど一週間が経つ。
そんな中で私は虎視眈々とレンとエッチをする機会を狙っていたのだった。
「ねーレンもう帰ろうよー私お腹空いた。から揚げ食べたい」
「勝手に帰れば」
レンは振り向きもせず作業を続ける。長い指が資料をめくるのが見えた。綺麗な指だ。あの指で体に触れられたら気持ちよさそう。
レンとあの空き教室で会って以来、私はずーっとレンにくっついていた。なので男の子ともずーっと遊んでいない。あの先輩も結局途中までだったし、しばらくシてない。
私は、埃一つ付いていないブレザーを着たレンの背中を眺めた。どんなに話しかけても素っ気なく話題を切り上げてしまうレンと過ごす時間は、沈黙の中にいる方が圧倒的に多い。やることも無いので私は穴があくほどレンの背中を眺めるしかない。腹も立つし悔しい。だけどここから出ていこうという考えには不思議とならない。
自分でも、どうしてこの人にここまで固執するのか分からなかった。童貞くんとも、真面目な男の子ともシたことがある。
何でかなあ。
何でこんなに、こっちを向いて欲しいとか、思うんだろう。
あの日私の中に小さく芽生えた、もやもやしてぐるぐるしてふわふわしたもの。最初はさくらんぼサイズだったそれは、今や林檎みたいな大きさになってデンと居座っている。この実が甘いのか、それとも吐きだしちゃうくらい苦いのか。齧ってみないと味は分からない。いつもの私なら躊躇いなく口にしてしまうはずなのに、私はそれを躊躇っている。
私がこんな、臆病なフツウのオンナノコになってしまった原因は、多分、目の前の人間冷凍庫にあるはずなのだ。
思考回路が深い迷路に落っこちる前に慌てて引き上げる。考えたって、頭の悪い私なんかにはどうせ分からない。慣れないことをしても疲れるだけだ。
窓枠に手をかけてぐっと背中を反らす。美味しそうなトマトジュース色の夕焼け空が見えた。
高い所は怖くない。むしろ好き。そう言ったらレンはきっと「馬鹿だからな」って言うんだろう。もしくは「ふうん」って興味無さそうな相槌うつか。それとも、返事もしてくれないのか。
ねえ。少しは私の方を向きなさいよ。本当は私、無視されるの大っ嫌いなの。だけど我慢してずっと呼び続けてるんじゃない。一体どうすればあの時みたいに優しく撫でてくれるの。
ねえレン。
レンってば。
「……レン」
「なに」
囁くように呟いた名前。返事なんてまるで期待していなかった私が驚いて目を見開いたのと――――窓枠を掴んでいた左手が滑り落ちたのはほとんど同時だった。
がくん、と後ろに体が傾いだ。
瞬間、視界いっぱいに空が広がる。
うわ。
やばい。
落ちる。
いや、落ちてるのか。
声も出なかった。
ただ、自分でも驚くほど頭の中は冷静で。
エッチしている時みたいにいつも通りのことを考えていて。
走馬灯なんてこれっぽっちも見えない。
とりあえず私は、
あ、飛行機雲だ。
なんて思ったりしていた。
――――そして突然、強い力で腕を掴まれた。
飛行機雲に気を取られていた意識は、重力に逆らった方向に引き寄せられたことで中断させられ、考える間もなくばふっと顔を何かに押し付けられた。そして視界は真っ暗な状態のまま、私は床に倒れこむ。ばさばさ、と紙の束が落ちる音が耳に届いた。
そして、再び沈黙が戻った。
少しだけ早いスピードの鼓動が押し付けられた場所から聞こえた。頭上の少し乱れた呼吸がほんのり色っぽく聞こえるのは、決して私がインランなオンナだからじゃない。いちいちエロいコイツが悪い。
それなりの衝撃を覚悟していた割に体のどこにも痛みを感じなかったのは、多分クッション代わりになってくれた人のおかげだろう。
どこまでも紳士的な人間だ。
腹が立つくらいに。
「…………」
「…………」
「…………」
「……レン良い匂いだねえ。香水つけてないのに」
レンのブレザーに顔を押し付けたまま、私は言った。その瞬間、べりっと体を引き剥がされる。
床に転がった私は、同じく床に転がったままのレンとようやく目があった。いつもはきちんと結わえられている髪がぼさぼさで、私は何だかおかしくなる。
「そんなこと言ってる場合か……あんた危うく死ぬところだったぞ」
「はは。ねえ。びっくりした」
レンは深い溜息をついて立ち上がり体の埃をはらった。
私も上半身だけ起こして周りを見渡す。机の上の書類がいくつか床に落ちていたので、それを拾って書類の山に再び積みあげた。その向こうでレンは崩れるように再び椅子に腰かけた。憔悴しきった顔に、ちょっぴりしてやったりと思う。私は元来振り回すのが好きで、振り回されるのは嫌いな人間なのだ。
そんな心の内を読んだかのように、レンがじとりとした視線を送ってくる。
「まさか悪ふざけで落ちるフリしたとかじゃないだろうな」
「ちっ、違うよ! そんなことしないってば!」
「だろうね。言ってみただけだ」
「…………だろうね。って、どういう意味」
「意味はない」
レンはひどく疲れた様子で頬杖をついたまま、短く答えた。
結局、私の方がどこか振り回されてるように感じるのが不思議だ。でも、そのことがあんまり嫌じゃないのが私にとっては一番不思議だった。いつだってお姫様扱いで、男の子がお菓子みたいに甘い声で甘い台詞を与えてくれるのが好きだったはずなのに。
――――胸の中の林檎が、小さく震えた。
私はレンの傍に近寄ってねえ、と呼びかける。
「なに」
「ありがとう」
こちらを向いた瞳にいつものような冷たさは無かった。もちろん温かさも無かったけど。それでもめげずに私はにっと笑ってみせる。
すると不意に、レンの指が近付いた。
スローモーションのように、ゆっくりと。
白くて細い、綺麗な指。
私は小さく息を呑んで凍りついたまま、その指先を見つめる。
指はふわりと私の髪に触れた。どきん! と心臓がウサギみたいに跳ねた。
「……埃」
多分、ほんの2、3秒足らずの時間だったと思う。
するりと指が離れ、時間はまたいつも通りに進みだした。だけど私だけ時間が止まったようにその場で凍りついたまま、しばし呆然としていた。レンの指が触れた場所にそっと指で触れる。レンの体温なんて残ってるはずもないその場所が、どうしてかひどく熱く感じる。
唐突に。
胸の中の果実が、風船みたいに膨らんだ果実が。
ぱちんと弾けた。
レンは摘まんだ埃をふっと吹き飛ばすと、突っ立ったままの私に気付いてほんの少し眉根を寄せた。
「顔が赤いけど、熱でもあるのか」
「……どきどきする」
答えになってない私の答えに、レンは「は?」と呆れ顔で首を傾げた。
「4階から落ちかけたんだから当然だ」
「違うそうじゃなくて」
ドッ、ドッ、とまるで扉を叩くように心臓が音を立てている。言われなくったって分かってる。今、私の顔はトマトみたいに真っ赤だ。
これは多分。
ううん、間違いない。
「私、君のこと好きになったみたい」
ばさばさ、と音が響いた。書類の山が崩れる音かと思ったら、鳥の羽音だった。窓の外を、白い鳥が二羽、横切っていった。
思わずそれを目で追いかけて、そしてもう一度レンに視線を戻す。
レンはやっぱり、いつもの仏頂面だった。目元が少し赤く見えるのは、多分夕焼けのせいだろう。
「……吊り橋理論だ」
「何それ?」
「心理学者のダットンとアロンが感情二要因説を恋愛感情の生起、いわゆる“恋におちる”現象に当て嵌めて橋で野外実験を行ったんだ。吊り橋の上で、男性が恐怖を感じそして生理的覚醒を感じている状態で女性のインタビュアーが――――」
こういうことだけ饒舌に語りだすレンに、ほとんど夢見心地でふわふわと浮かんでいた意識は現実に叩きつけられた。今回ばかりは私が溜息をつきたくなってしまう。
ムードもロマンチックの欠片も無いんだな、この男は。そんなんだからいつまで経っても童貞なんだ。
わけのわからない話を滔々と語るレンを見下ろした。そしていつかのようにぐい、とネクタイを引く。あ、眼鏡外すの忘れちゃったなと頭の片隅に思った。
そして演説がぶつりと途切れた。
静寂の中に響いたのは、小鳥の鳴き声のようなちゅっ、という短い音。
唇に伝わる熱は、想像よりもずっと熱かった。
なんだ、血も涙も無いような人かと思ったけどやっぱり私とおんなじように血は通ってるんじゃない、なんて私の思考はいつも通りのことを考えている。
そうっと唇を離して、私はいひっと子供みたいな笑い方をした。
「奪っちゃった」
眼鏡のレンズ越しの瞳が初めて小さく見開かれたのを見て、私は嬉しくてまた小さく笑った。
11.06.12
なかなかわるくない味!
体をまさぐられてても「あーここが良いなあ」とか「そこはあんまり好きじゃないなあ」とか「あ、明日ドラマの最終回だ」とか、普段と変わらないとりとめのないことを考えている。「気持ち良い?」とか訊かれても、この人はこういう返事が好きなんだろうなと考えてから答える。気持ち良いよ、ってにっこり笑うのか、言えないよおって恥ずかしがるのか、それともわざと答えずに唇を噛むのか。とか。
一度それを友達に話した時、その子は凄く嫌そうな顔をした。そして吐き捨てるように言った。
「リン、アンタいちいちそんな風に計算してんだ」
それ以来そのことは誰にも言ったことがない。女の子の友情には簡単にひびが入ること、そしてひび割れた友情が何をもたらすかを私はよーく知っているのだ。
そんなこんなで私は今日も体をまさぐられながら夕飯どうしようかなあと考えていた。
薄暗い教室に差し込む西日は、空中に舞う埃をきらきらと照らしている。机も椅子も無いがらんどうの空き教室は、コウイウコトをするのに最適でよく使わせてもらっていた。
今日の相手は3年生の先輩で、頭は良いけどあんまり上手じゃない人だ。それからちょっとエム。ブラウスのボタンは全部外されて、先輩は私の胸に顔をうずめながらずーっと太ももを撫でている。
この先輩太もも好きなのかなあ。む、なんだか鳥もも肉食べたくなってきたな。ていうか無性にから揚げが食べたい。と、私の思考が脱線しているうちに太ももをさすっていた手がすっと奥のほうへと伸びてきた。ちゅ、とリップ音が耳に届く。ようやくかあ、と私は思いながらいつものように「あ」と色っぽい声を上げる準備をした。その時だ。
粘ついた空気をぶち壊すような軽やかな音をたてて、教室のドアが開いた。
「あ」
思わず、準備していた色っぽい声とは真反対の間抜けな声が口から漏れた。
先輩の肩が大げさに跳ねて、飛び退くように私から身を離した。こうもり傘みたいに私に覆いかぶさっていた体が退くと、一気に視界が開けてドアを開けた人物が視界に飛び込んでくる。空き教室の床に転がったまま、私はその人を見つめた。
長い金髪を高い位置で一つにまとめたその人は、制服からすぐに男の子だと分かった。逆に言うと、制服じゃなければすぐに性別が判断できないくらいに中世的な顔立ちをしていた。濃紺のブレザーに包まれた体は男の子にしては凄く華奢で、顔の輪郭はすっきりとしている。眼鏡のレンズ越しに見えた青い瞳は外国の海みたいな透明な色をしていた。
誰もが認めざるをえない、美形。
綺麗な子だ、と思わず感心した。
その人は床に転がった私と、わたわたと上着を着る先輩を見た。そして僅かに眉を顰めた。その唇が何か言おうと動いたけど、大慌ての先輩が彼の横を駆け抜け走り去ってしまったので、結局何を言おうとしたのかはわからなかった。ばたばたと足音が遠ざかる。あーあ、これからだったのに。と私は少しがっかりした。思わず溜息をつこうとしたら、はあ、と綺麗な男の子に溜息を先越されてしまった。
男の子は窓に近寄ると開け放されていた窓を閉めてきっちりと鍵をかけた。どうやら戸締りをしにきただけらしい。彼の仕事なら仕方ないかもしれないけど、良いところを邪魔された私は少し不機嫌だった。寝転がったまま上履きを片方脱いで、それを彼の後頭部にぱこんとぶつけてやった。
マイナス100度くらいの冷たい視線で彼は私を睨んだ。
「……何」
「せっかく盛り上がってたのに邪魔された仕返し」
「そもそもここは学校だ。学校の施設内であんなプライベートなことをしてる方に非があるだろ」
「だから空き教室を選んだんでしょ!」
「空き教室も立派な学校の施設だ。それとアンタ、いつまでそうしてるつもり」
私は唇を尖らせたままのろのろと上半身だけ起こした。例えどんな美形でも私に優しくない人は嫌いだ。苛々と私は手を差し出す。
「上履き。返してよ」
「起き上がるよりも先に自分の格好を見ろって言ってるんだけど。ボタン――――」
「いーから上履き! 返して!」
男の子は眉間に皺を寄せてから、足元に落っこちていた上履きを拾った。そして私の方に歩いてきてことりと傍らに置いてくれる。
あれ。放り返すと思いきや意外と優しいんだ。……いやいや、でも、エッチの邪魔したんだコイツは。
危うく心がほだされかけたが、私を見つめる冷たい視線は変わらない。
だってこういう目はよく知ってる。ケイベツしている人に向ける目だ。
挑むようにその視線を真っ向から受け止め、ふんと鼻を鳴らした。
「どうせケイベツしてるんでしょ。私のこと」
「さあね。それよりボタンしめなよ。寒くないの」
「うるさい。童貞は黙ってろ」
そう言ったら本当に黙ったので私は目を丸くした。
「えっ、なに、マジで童貞なの」
「喋る気が失せただけだよ。じゃあサヨナラ」
「あっ、コラ待て!」
踵を返した男の子の後頭部に、傍らに置いてもらった上履きを再びぶつける。ぱこん、と小気味良い音。何だか今日の私、やたらコントロールが良い。
「……何」
低い声ははっきりと苛立ちを含んでいた。私は憤然と立ち上がり、ひるむことなく彼に近づく。そして乱暴に彼のネクタイをひっぱった。
「言ってんでしょ。私邪魔されて怒ってるの」
「それは申し訳ないことをした。心から謝罪する。さようなら」
「だからさ」
すっと、空いた手で男の子の眼鏡を外した。そして吐息がかかるほどまでに距離を詰める。
「……先輩の代わりに、続きしてよ」
とびっきりの甘い声で囁いて、微笑んだ。
多分優しくないし、多分童貞だし、多分へたくそだけど、この際どうでもいい。凄く可愛い顔をしてるし、こういう男の子と一度してみるのも良いかもしれない。とにかくこの、中途半端に残った熱をどうにか出来るのなら。
しかしこんなに可愛い女の子にお誘いを受けているというのに、男の子の表情は1ミリも変わらなかった。
アーララ、超展開に思考停止してんのかな? 私はそれを勝手にオーケイのサインだとみなし、引き結ばれた唇に顔を近付けた。しかし、私のうるうる唇は目的の場所に達する前に掌で塞がれてしまう。
……………………ちょっと。
いくら優しい私でも、ここまで邪魔され続けるのはさすがに我慢ならない。例え相手がどんなに美形でも、だ。
いい加減にしてよ、と思わず声を荒げようとして、しかし結局、言葉が音になることは無かった。
「アンタって、そういう風にしか誰かを引き留められないんだ」
そう言って細められた青い目。その目に浮かんだ憐憫の色に私の体は凍りついたのだった。
彼のひやりとした指が唇を離れ、ネクタイを掴んだ私の指に絡んだ。驚いて、体を引こうとして――――あれ、何で私逃げてるんだろう、と自分でもびっくりする。だけどその細くて長い指は私を引き寄せるでもなく、ただ私の指先からネクタイを外しただけだった。その手はそのまま私の持っていた眼鏡をそっと取り上げた。流れるような仕草に、抵抗する暇も無い。
あ、と声にならない声を上げる。
逃げられちゃう。
そう思うのに、人形のように大人しく彼の一挙一動を見守ることしかできなかった。
ほとんどゼロだった距離があっという間に離れて、私は何だか無性に寂しくなる。それでも、動けない。指一本動かせない。追いかけたいと思うのに、追いかけるなんて嫌だ、という二つの感情がぶつかって体を膠着させる。
動けなくなった私を男の子は一呼吸分ぐらいの時間、見つめた。
そして驚くことに彼は――――私の頭をふわりと撫でたのだった。
それは今までの言葉や視線からは想像もできないほどに優しい手つきだった。
一瞬のこと。
すぐにその手は離れ、彼は一言も残さずに教室を去ってしまった。
空き教室に残されたのは、服を乱して片方しか上履きをはいていない私と、むず痒い感情だけだった。
「ねえレーンー。暇だよー」
反応無し。
「もう暇過ぎて死にそうー。ねえねえ、さっきから何してるの?」
反応無し。
「無視すんなー。おーい、レーン。童貞のレンくーん」
反応有り。
ずっと背中を向けて机に向かっていたレンは、ようやく私の方を振り向いた。
「うるさいから出て行ってほしいんだけど」
相変わらず氷みたいに冷たい視線と声だ。しかし彼の私に対する態度は常にそれが標準装備なのでいい加減慣れてしまった。ちっとも怖くない。人間クーラーみたいなものだと思えば平気なのだ。むしろありがたみを感じるくらい……にはまだなれないけど。窓枠に腰かけた私は足をぱたぱたと揺らしながらやだ、と笑った。
「嫌とかじゃなくて。本気で邪魔」
「じゃあ静かにしてるからレンの隣に行って良い?」
「駄目。何かアンタ体べたべた触ってくるから嫌だ」
「私、自分で言うのもなんだけど上手い方だよ?」
レンは本格的に苛ついてきたらしく、再び机に向かってしまった。私はやれやれと肩を竦める。邪険に扱われるのにも慣れたカワイソウな私は、素っ気ない態度をされても前みたいにいちいち怒ることもなくなった。
生徒会室は、私とレン以外は誰もいない。というより、レン以外の生徒会役員をここで見たことがない。「他の人は?」と一度訊いたことがあるが、レンは「さあね」と言っただけだった。人に言えないような事情があるのか、説明するのが面倒なのかはわからないが(多分、というか絶対後者)誰もいない方が私も好都合だ。それ以上は訊かなかった。
生徒会室は4階にあり、広さは教室の3分の1程度。真ん中に置かれた長机の上は雑多に書類が広げられている。そこに今にも崩れそうな本の山がいくつもあり、椅子の上までプリントが積まれている有様だ。唯一片付いている場所は、窓際に置かれた少し大きな机だけ。レンはいつもそこに座っている。私には分からないような書類とにらめっこしている時もあれば、勉強をしている時もあった。座る場所が無い私は、仕方ないので窓枠に腰かけてレンの後頭部を見つめている。時折訪問者がいるが、二言三言交わすとすぐに出て行ってしまうので、ほとんど二人きりの状態だった。そうやって放課後を過ごすようになって、ちょうど一週間が経つ。
そんな中で私は虎視眈々とレンとエッチをする機会を狙っていたのだった。
「ねーレンもう帰ろうよー私お腹空いた。から揚げ食べたい」
「勝手に帰れば」
レンは振り向きもせず作業を続ける。長い指が資料をめくるのが見えた。綺麗な指だ。あの指で体に触れられたら気持ちよさそう。
レンとあの空き教室で会って以来、私はずーっとレンにくっついていた。なので男の子ともずーっと遊んでいない。あの先輩も結局途中までだったし、しばらくシてない。
私は、埃一つ付いていないブレザーを着たレンの背中を眺めた。どんなに話しかけても素っ気なく話題を切り上げてしまうレンと過ごす時間は、沈黙の中にいる方が圧倒的に多い。やることも無いので私は穴があくほどレンの背中を眺めるしかない。腹も立つし悔しい。だけどここから出ていこうという考えには不思議とならない。
自分でも、どうしてこの人にここまで固執するのか分からなかった。童貞くんとも、真面目な男の子ともシたことがある。
何でかなあ。
何でこんなに、こっちを向いて欲しいとか、思うんだろう。
あの日私の中に小さく芽生えた、もやもやしてぐるぐるしてふわふわしたもの。最初はさくらんぼサイズだったそれは、今や林檎みたいな大きさになってデンと居座っている。この実が甘いのか、それとも吐きだしちゃうくらい苦いのか。齧ってみないと味は分からない。いつもの私なら躊躇いなく口にしてしまうはずなのに、私はそれを躊躇っている。
私がこんな、臆病なフツウのオンナノコになってしまった原因は、多分、目の前の人間冷凍庫にあるはずなのだ。
思考回路が深い迷路に落っこちる前に慌てて引き上げる。考えたって、頭の悪い私なんかにはどうせ分からない。慣れないことをしても疲れるだけだ。
窓枠に手をかけてぐっと背中を反らす。美味しそうなトマトジュース色の夕焼け空が見えた。
高い所は怖くない。むしろ好き。そう言ったらレンはきっと「馬鹿だからな」って言うんだろう。もしくは「ふうん」って興味無さそうな相槌うつか。それとも、返事もしてくれないのか。
ねえ。少しは私の方を向きなさいよ。本当は私、無視されるの大っ嫌いなの。だけど我慢してずっと呼び続けてるんじゃない。一体どうすればあの時みたいに優しく撫でてくれるの。
ねえレン。
レンってば。
「……レン」
「なに」
囁くように呟いた名前。返事なんてまるで期待していなかった私が驚いて目を見開いたのと――――窓枠を掴んでいた左手が滑り落ちたのはほとんど同時だった。
がくん、と後ろに体が傾いだ。
瞬間、視界いっぱいに空が広がる。
うわ。
やばい。
落ちる。
いや、落ちてるのか。
声も出なかった。
ただ、自分でも驚くほど頭の中は冷静で。
エッチしている時みたいにいつも通りのことを考えていて。
走馬灯なんてこれっぽっちも見えない。
とりあえず私は、
あ、飛行機雲だ。
なんて思ったりしていた。
――――そして突然、強い力で腕を掴まれた。
飛行機雲に気を取られていた意識は、重力に逆らった方向に引き寄せられたことで中断させられ、考える間もなくばふっと顔を何かに押し付けられた。そして視界は真っ暗な状態のまま、私は床に倒れこむ。ばさばさ、と紙の束が落ちる音が耳に届いた。
そして、再び沈黙が戻った。
少しだけ早いスピードの鼓動が押し付けられた場所から聞こえた。頭上の少し乱れた呼吸がほんのり色っぽく聞こえるのは、決して私がインランなオンナだからじゃない。いちいちエロいコイツが悪い。
それなりの衝撃を覚悟していた割に体のどこにも痛みを感じなかったのは、多分クッション代わりになってくれた人のおかげだろう。
どこまでも紳士的な人間だ。
腹が立つくらいに。
「…………」
「…………」
「…………」
「……レン良い匂いだねえ。香水つけてないのに」
レンのブレザーに顔を押し付けたまま、私は言った。その瞬間、べりっと体を引き剥がされる。
床に転がった私は、同じく床に転がったままのレンとようやく目があった。いつもはきちんと結わえられている髪がぼさぼさで、私は何だかおかしくなる。
「そんなこと言ってる場合か……あんた危うく死ぬところだったぞ」
「はは。ねえ。びっくりした」
レンは深い溜息をついて立ち上がり体の埃をはらった。
私も上半身だけ起こして周りを見渡す。机の上の書類がいくつか床に落ちていたので、それを拾って書類の山に再び積みあげた。その向こうでレンは崩れるように再び椅子に腰かけた。憔悴しきった顔に、ちょっぴりしてやったりと思う。私は元来振り回すのが好きで、振り回されるのは嫌いな人間なのだ。
そんな心の内を読んだかのように、レンがじとりとした視線を送ってくる。
「まさか悪ふざけで落ちるフリしたとかじゃないだろうな」
「ちっ、違うよ! そんなことしないってば!」
「だろうね。言ってみただけだ」
「…………だろうね。って、どういう意味」
「意味はない」
レンはひどく疲れた様子で頬杖をついたまま、短く答えた。
結局、私の方がどこか振り回されてるように感じるのが不思議だ。でも、そのことがあんまり嫌じゃないのが私にとっては一番不思議だった。いつだってお姫様扱いで、男の子がお菓子みたいに甘い声で甘い台詞を与えてくれるのが好きだったはずなのに。
――――胸の中の林檎が、小さく震えた。
私はレンの傍に近寄ってねえ、と呼びかける。
「なに」
「ありがとう」
こちらを向いた瞳にいつものような冷たさは無かった。もちろん温かさも無かったけど。それでもめげずに私はにっと笑ってみせる。
すると不意に、レンの指が近付いた。
スローモーションのように、ゆっくりと。
白くて細い、綺麗な指。
私は小さく息を呑んで凍りついたまま、その指先を見つめる。
指はふわりと私の髪に触れた。どきん! と心臓がウサギみたいに跳ねた。
「……埃」
多分、ほんの2、3秒足らずの時間だったと思う。
するりと指が離れ、時間はまたいつも通りに進みだした。だけど私だけ時間が止まったようにその場で凍りついたまま、しばし呆然としていた。レンの指が触れた場所にそっと指で触れる。レンの体温なんて残ってるはずもないその場所が、どうしてかひどく熱く感じる。
唐突に。
胸の中の果実が、風船みたいに膨らんだ果実が。
ぱちんと弾けた。
レンは摘まんだ埃をふっと吹き飛ばすと、突っ立ったままの私に気付いてほんの少し眉根を寄せた。
「顔が赤いけど、熱でもあるのか」
「……どきどきする」
答えになってない私の答えに、レンは「は?」と呆れ顔で首を傾げた。
「4階から落ちかけたんだから当然だ」
「違うそうじゃなくて」
ドッ、ドッ、とまるで扉を叩くように心臓が音を立てている。言われなくったって分かってる。今、私の顔はトマトみたいに真っ赤だ。
これは多分。
ううん、間違いない。
「私、君のこと好きになったみたい」
ばさばさ、と音が響いた。書類の山が崩れる音かと思ったら、鳥の羽音だった。窓の外を、白い鳥が二羽、横切っていった。
思わずそれを目で追いかけて、そしてもう一度レンに視線を戻す。
レンはやっぱり、いつもの仏頂面だった。目元が少し赤く見えるのは、多分夕焼けのせいだろう。
「……吊り橋理論だ」
「何それ?」
「心理学者のダットンとアロンが感情二要因説を恋愛感情の生起、いわゆる“恋におちる”現象に当て嵌めて橋で野外実験を行ったんだ。吊り橋の上で、男性が恐怖を感じそして生理的覚醒を感じている状態で女性のインタビュアーが――――」
こういうことだけ饒舌に語りだすレンに、ほとんど夢見心地でふわふわと浮かんでいた意識は現実に叩きつけられた。今回ばかりは私が溜息をつきたくなってしまう。
ムードもロマンチックの欠片も無いんだな、この男は。そんなんだからいつまで経っても童貞なんだ。
わけのわからない話を滔々と語るレンを見下ろした。そしていつかのようにぐい、とネクタイを引く。あ、眼鏡外すの忘れちゃったなと頭の片隅に思った。
そして演説がぶつりと途切れた。
静寂の中に響いたのは、小鳥の鳴き声のようなちゅっ、という短い音。
唇に伝わる熱は、想像よりもずっと熱かった。
なんだ、血も涙も無いような人かと思ったけどやっぱり私とおんなじように血は通ってるんじゃない、なんて私の思考はいつも通りのことを考えている。
そうっと唇を離して、私はいひっと子供みたいな笑い方をした。
「奪っちゃった」
眼鏡のレンズ越しの瞳が初めて小さく見開かれたのを見て、私は嬉しくてまた小さく笑った。
11.06.12
なかなかわるくない味!
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