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あんまり長くなったのでがっつり半分に切りました。
拍手で公開していた前半に少しプラスしているので拍手ですでに読んだ方も前半から読んだ方が良いかもしれませんー。
ラブコメというより最近の少女漫画ちっくになりました。最近の少女漫画あまり読んでないケドネー!


夏休みの補習期間中の恋するリンちゃんと相変わらずマイペースなレンくん。そしてグミちゃんのお話。

 みーんみーん、と聴いてるだけで体感温度が上がりそうな蝉の大合唱がグラウンドに響く。
 体育館からグラウンドを眺めながらレンはぱたぱたと団扇を扇ぐ。
「あっづいよおぉぉ……れ゛え゛え――――――んきゅう゛う――――ん……」
 地獄を這うような声をあげてふらふらと近づいてくるミクオに、レンは無言で団扇を渡す。
「オレ死んじゃう……こんなサウナみたいな体育館でぴょんぴょん飛んだり跳ねたり出来るような体力無い……」
「さっきまでぴょんぴょん飛んだり跳ねたりしてたじゃん」
「そうだっけ……」
 壁に背中を預けてミクオはその場にずるずるとしゃがみ込んだ。体育館の大きな扉からグラウンドが見える。
「うわー……しかし外も外で地獄だな。日光ってレベルじゃねえ、あれはさつじん光線だ。まともに食らったら死ぬレベル……ってうおおおおおおあそこで真夏の太陽のように妖しく眩しく走り回っているのはマイえんじぇぅミクミク! ミクミクじゃないか! 太陽てめえええええええ俺のミクに手ぇ出すんじゃねええええええええ」
「お前元気だな……」
 呆れた様子で友人を見やりながら、レンもその視線をたどる。ミクオが熱心に声援を送るミクは、長いツインテールを揺らしながら颯爽とグラウンドを走っている。そしてそのミクと一緒にグラウンドを走っているリンも普段ではあまり見られないような真剣な表情を浮かべていた。2人ともこちらに気付く様子は無い。というより、
「リンちゃん……私……もうダメかも……」
「死ぬ時は一緒だよミクちゃん……」
「喋る余裕があるようねええええ! 初音! 鏡音! あと3周追加ー」
「「えええええええええええええええ」」
「大声出す余裕もあるみたいねーあと5周にしてあげましょう」
「「………………………………………」」
 今にも死にそうな顔をした彼女たちの形相だと、こちらに気付く余裕もないと言ったほうが正しいだろうか。
「ミクとリンはめーこ先生に愛されてるなあー。9月の新人戦のために夏はとことん鍛える気らしいよ」
「ふうーん」
 ふとリンが何気ない様子でこちらを見た。ばちりとレンと目が合った瞬間、盛大にすっ転ぶ。しかしばっと驚くべき速さですぐに立ち上がるとぶんぶんとレンに向かって手を振った。そして膝から血を流しながらスキップしそうな勢いでまた走り出す。
「おーい鏡音ースピードあげるのは良いがあと5周あること忘れるなーそしてとりあえず止血しろー」
「えへへえへっへえへえへへへへえへへうえへへレンくんと目が合ったレンくんと目が合ったうえへへへっへええへへへへへへえへへへ」
「せんせーリンちゃん話聞いてませーん」
 元気だ……とレンはどこか遠い目をして呟く。
 その時、ぽんと後ろから肩を叩かれレンはゆっくりと振り返った。真っ先に視界に飛び込んできた剣道着と袴。そこからゆっくりと視線を上げていきレンは「あ」と声をあげた。
「……神威先輩」
「久しぶりでござる、レン殿」
 長い髪を高い位置で一つに結わえ、神威と呼ばれた男はふわりと人懐こい笑顔を浮かべた。ミクオは肘でちょいちょいとレンをつつく。
「だ、誰? どの時代のお方?」
「3年生で、剣道部の神威先輩」
「うむ。はじめてお目にかかる。拙者神威と申す。レン殿とは猫友達として仲良くしていただいているのだ」
「は、はあ……猫……友達……ですか」
「猫友達でござる」
 レンもこっくりと頷く。意味わからん、という表情をしたミクオを放っておいてレンは神威に向き直る。
「……で、どうしたんですか。神威先輩」
「いやなに、実は妹が夏休みで拙者の家に遊びに来ているのだ。だから友人であるレン殿に紹介に来たのでござるよ」
「はあ、妹さん……」
「うむ。拙者は実家を出て今は一人暮らしをしているのでござる。妹は実家から高校に通っているのだ。さっきまでそこに、」
「兄者―――――――――――――――――っ」
 突然体育館中に声が響いて、驚いた生徒たちは何事かと動きを止めた。レンと神威も話をやめる。
 どどどどどど、と派手な足音を響かせ弾丸のように体育館を横切ってくる影。そしてそれは神威の背中にどごおっと勢いそのままにぶつかった。
「兄者兄者兄者ぁっ! ここの学校すっっっっごく大きいッスね! ボク感動したッス!」
「そ、それは良かったぞグミ……」
 痛みにうずくまる神威に向かって嫌にハイテンションに喋りかけるショートカットの少女。グミと呼ばれた彼女をミクオはぽかんと口をあけたまま見つめた(レンは痛みに悶える神威を見ていた)。
 目をキラキラさせて喋り続けていた少女がふと口を噤んでレンとミクオを見た。何度か瞬きをして首を傾げる。
「兄者。この人たち誰ッスか?」
「金髪のぬぼーっとした方が拙者の友人のレン殿で、左の緑がレン殿のご友人でござる」
「おい出会って数分も経たないうちに俺のことを緑の一言で片づけやがったな」
 神威の言葉にすっとグミから表情がなくなる。いまだにうずくまった兄を見て、そしてレンを見た。
「へえ……兄者の……お友達、ッスか」
 聞こえるか聞こえないか位の声でグミは低く繰り返した。それから後ろに手を組むと、軽やかな足取りでレンのほうへと近付いてきた。覗き込むようにレンを見つめ、その瞳がナイフのように鋭く光った。しかしそれはほんの一瞬のことで、グミはすぐに何事も無かったかのようににっこり笑うと後ろにとん、と退いた。
「はじめまして。ボクは妹の神威グミッス」
「…………鏡音レンです」
「あ、初音ミクオです」
 にこっとグミは笑みを深くしてから「兄者行こう」と神威の腕を取る。
「あ、ああ。それではレン殿、緑殿、また」
「さよなら」
「てめっ緑って言うな! なんなのまじで!」
 小さくなっていく2人の背中をレンとミクオは見送る。はあ、とミクオは溜息をついた。
「なんか変な兄妹だったなー。グミちゃんは可愛くて良い子だけどちょっとぶっ飛んでるし……特に神威先輩と仲良く出来るなんてさすがレン……」
「…………」
「レン?」
 レンは何も言わず、じっと2人の背中を見つめたままだった。


 その日の夕方。顧問と話を終えたレンが部室に戻ると部室には誰も残っていなかった。ミクオから昇降口にいるという内容のメールが届いてるのを確認し、ミクオが待っている昇降口へと向かう。
 暗くなり始めた人気のない廊下を歩いていると、突然ぐいっと後ろから腕を引かれた。驚いて振り返ると、昼間に見た神威の妹のグミが真剣な表情でそこに立っていた。
「どういうつもりッスか」
 低い声でグミは呟く。ぎらぎらと射抜くような視線でレンを見つめるグミは昼間とはまるで違う雰囲気を纏わせていて、レンは思わずたじろいだ。
「兄者と仲良くするなんて、一体何を企んでいるッスか」
「……別になにも、」
「嘘つくとただじゃすまないッスよ」
 グミの視線がますます鋭くなる。
 さっぱり状況が飲み込めない。レンはとりあえず腕を離してくれないだろうかと思いながら頭をかいた。
「えーと……ぐ……? めぐ……?」
「グミ。人の名前忘れるなんて失礼な人ッスね」
 すみません……とレンは素直に謝る。しかしグミが表情を和らげる様子はない。
「……えーと、グミさん。なんで君はそんなに疑ってかかってるの?」
「昔からそうだったからッスよ。普通の人なら思うでしょう、あんな」
 そこでグミは言葉を切り、ぎゅっと唇を噛んだ。逡巡するような間の後に吐き捨てるように言う。
「……っ、あんな、変な人と関わるのはおかしいって」
 腕を掴んだ指の力が少し強くなる。しかしレンは黙ってグミを見ていた。
「……っだから! あんなに変で馬鹿で騙されやすい兄者に近寄る人は昔からろくでもないやつばっかりだったんスよ! 馬鹿にして笑いものにして……レンさんだってそうでしょ! 友達だなんて言って兄を騙して! 何を企んでるッスか!」
「だから何も企んでないって」
「嘘ッス!」
「嘘じゃない」
「ボクは騙されないッス! そんなの嘘に」
「嘘じゃないでござるよ。グミ」
 グミの体が凍りついた。廊下の奥から背の高いシルエットが現れて、グミの小さな肩にそっと掌を乗せた。びくりと肩が跳ねる。
「とりあえず拙者の友人の腕から手を離してくれないか、グミ。さすがにレン殿も痛いであろう」
「あ、そうしてもらえると助かります……」
 グミは無言でレンから手を離した。その手がそのままゆっくりとこぶしを握る。俯いたグミの顔を覗き込むようにして神威はグミの目の前にしゃがみこんだ。
「グミ。レン殿は正真正銘拙者の友人でござる。一緒にぬっこぬこにされた仲なのだ」
「えっその表現にはちょっと語弊が」
「拙者はもう大丈夫でござる。ここに来てから、兄としていつまでもグミに心配をかけられぬと努力し、友人も多く出来た。もうグミが心配する必要は無いでござる」
 ゆっくりと、語りかけるような兄の言葉にグミはゆるゆると顔をあげた。唇を小さく震わせ、掠れた声で呟く。
「……本、当?」
「ああ。本当だ。ありがとうグミ。優しい妹を持って拙者は幸せでござる」
 グミの瞳からぽつぽつと透明な滴が落ちた。グミは小さく肩を震わせ、そしてわっと声をあげて神威にしがみついた。そんな妹の背中を、神威は労るようにそっと優しくさすってやる。
 その傍らでレンは掴まれた腕をさすりながら、どこか置いてけぼりな雰囲気だが帰るに帰れないという状況に頭を悩ませていた。
 そして数分後。
 泣き止んだグミは兄から離れ、レンに向かって深々とお辞儀をした。
「鏡音くんごめんなさいッス。ボク、ひどいことを言ってしまったッス」
「いや、いいよ。メ……メグ…?」
「グミッス」
「あ、そうそうグミさん……グミさんって、兄さん想いなんだね」
 グミはきょとんとした表情でレンを見つめる。
「オレ兄弟とかいないから、よく分かんないけど。家族のことだから、真剣になるのも仕方ないと思うし」
「そ、そうッスか……」
「うん」
 何故かまた俯いてしまったグミをレンは少し不思議に思ったが、まあ良いか、といつものように緩くスルーした。そしてようやくミクオの存在を思い出し、じゃあオレ帰ります、と踵を返した。そのレンの背中に向かってグミはあのっ、と声をあげた。
「? なに?」
「あ……あの、もし良ければ、ボクと友達になって欲しいッス……」
 グミはおずおずと右手を差し出した。
「駄目、ッスか」
 レンはほんの少しグミの手を見つめて、ああ、と手を打った。そして差し出されたそれを握り返す。
「よろしくメグさん」
「グミッス」
 そしてこの瞬間少女は、自分が恋に落ちる音がしたのを確かに聞いたのだった(そして同時刻、ミクと自主練習をしていたリンは謎の悪寒に襲われたのであった)。




「全然夏休みじゃなーいっ」
 夏季補習6日目。1時間目の休み時間。リンは机に突っ伏して悲痛な声をあげた。
「平日は当たり前のように補習があるし休日は1日中部活でこれじゃあいつもと変わんないよ! ねえそう思うよねミクちゃん!」
 リンの傍らに立つミクは仕方ないよ、と肩を竦める。
「まあ進学校なんだからこれくらい当然じゃない? 中学校までみたいにぽんとまるまる一ヶ月はお休み貰えないでしょ」
「うう……そうだけど」
 リンが思い描いていた高校一年の夏休み像(レンくんとプール、レンくんの家で勉強会、レンくんと海、レンくんとお買い物、レンくんと以下略)は儚く崩れていく。はああ、とリンは特大の溜息を吐いた。ちらりとレンの席を見やる。補習の唯一の特典は毎日レンを見られるということだろうか。
「いつも寝てるレンくん……かわいい……」
「ていうかなんであの授業態度でこの私と同じレベルの成績なのか甚だ疑問だわ……っと。そうだリンちゃん」
 ミクはぱちんと両手を合わせてにっこりと笑みを浮かべた。
「そんなブルーな夏休みを送っているリンちゃんに朗報です! 今週の日曜日に夏祭りがあるの。それ、一緒に行かない?」
「行く!」
 目を輝かせ、リンは立ち上がる。
「浴衣着て花火見たい!」
「屋台でカキ氷買って金魚すくいもしよう!」
「うん! わああっ、楽しみ!」
「ミクオと鏡音くんも呼ぼうよ!」
「うん! …………えっ」
「おーいミ」
「ちょっと待ってミクちゃん!!」
 リンはミクに飛びかかり両手で口を塞ぐ。
「ふ、2人で行くんじゃないの?」
「え? でもリンちゃんも鏡音くんと一緒にお祭り行きたいでしょ?」
「それはもう!」
 拳を握り力強く頷くリンに「じゃあ良いじゃない」とミクは微笑みかける。
「ここで少しは鏡音くんと夏の思い出つくっておきなよ。ミクオは私の誘いだから当然断らないだろうし、ミクオが無理矢理レンくん引っ張ってきてくれるでしょ」
 ね。とミクが首を傾げる。リンはうるうると目を潤ませ、がしいっとミクにしがみついた。
「ミクちゃん……大好きいぃぃっ」
「おおよしよし私も大好きよリンちゃん。今日の帰り、アイスおごりなさい」
「うん! おごる!」
「ジュースもつけてね」
「分かりましたミク女王陛下!」
 それじゃあミクオたちを誘おうか、とミクが言い、ミクオとレンに向かって呼びかけようとしたその時。
 どどどどどど、とどこからともなく不吉な音が教室に響いた。休み時間の賑やかな喧騒がぴたりとやみ、クラスメイトたちは不安そうに目と目を合わせた。
「なんだ? この音?」
「やだー……地震?」
「いや、でも揺れてないし……」
「……この足音……聞いたことが」
 いや、まさか……とミクオは青ざめながらぼそぼそと呟く。そしてレンは、謎の悪寒に襲われぶるりと身体を震わせて目を覚ました。
「何かとてつもなくおもしろ…いえ、嫌な予感がする!」
 ミクは顔をきらきらとさせて教室の扉を見守る。そしてリンは、差し迫る敵の気配に眼光を鋭くさせた。
「何か来る……!」
 ごくり、と教室の生徒全員が息を呑んだ。そして
「鏡音っっっっくううううううううんっ!!」
 ズッバアアアアアアアンと木っ端微塵に砕けんばかりの勢いでドアを開いて教室に現れたのは、
「会いに来たッスー!」
 向日葵のように明るい笑顔を浮かべた神威グミだった。
「やっぱりー!」
 ミクオが悲鳴をあげてレンを揺さぶる。
「おいレン! なんであの子がここにいるんだ!」
「…………さあ」
「さあってお前」
「あっ鏡音くん発見! 約15時間ぶりッスね!」
 呆気にとられたクラスメイトを完全にスルーして、グミはずんずんと教室を横切りレンの前に立つ。そしてぴっと可愛らしく敬礼をした。
「お久しぶりッスー!」
「…………どうも」
 レンは眠そうに目を擦りながらも挨拶する。
「あ、あのー……グミ、ちゃん?」
「どうしたッスか緑くん?」
「いや緑じゃなくてミクオですけど今日はどうしてここに?」
「鏡音くんに会いに来たッス!」
 グミはぱああっとどこまでも邪気の無い笑顔を浮かべて言った。
「うぐあっ眩しいっ、笑顔が無駄に眩しい! 直視できない! おいレンどうしたんだ一体、女子をメロメロにするお前の能力の快進撃はどこまで続くんだ!」
「ちょっと待ったあああっ」
 教室中に響き渡るような声にグミは振り返る。
 そこにはまがまがしいオーラを全身から放ったリン(そしてその背後にはレンのファンの女子生徒たち)が、般若のような顔で仁王立ちしていた。
「ここは部外者立ち入り禁止ですよおお? なあああにやってるんですかあああ?」
「あ、そこからツッコむのか」
「というより彼女でもないリンちゃんの立場上そこからツッコむしかないわね」
「他校の人は今すぐ出てってください! ていうかレンくんに近付かないで下さいませんか……」
 ゴゴゴゴゴ、と黒いオーラを垂れ流しリンはグミを睨み付ける。しかしグミはぱちぱちと瞬きをして一言。
「…………誰ッスか?」
「レンくんの! 彼女(になる予定の人)です!!」
「あ、グミちゃん、この子虚言癖があるから真に受けなくて良いよ」
 ミクオを無視してリンはのっしのっしと猛禽類のように瞳をぎらつかせてグミに近付く。
「そもそもあなたは学校行かなくて良いんですか? はっ! まさか学校をさぼって」
「ボクの学校はもう夏休みッスよ! 補習は無いッス」
「なっ……!!」
 グミの言葉はリンだけでなく、レン以外のクラスメイト全員に衝撃を与えた。
「なん……だと……!」
「これが格差社会……!」
「私たちはこんなところであくせく勉強してるっていうのに……」
「どうりで輝かしいオーラを漂わせていると思った……!」
「思春期を謳歌した勝ち組のみが放てるオーラだというのか……」
 ずううううん、と教室がいまだかつてない程に重い空気に包まれる。その真ん中でグミだけが不思議そうに周りを見回している。
 しかしリンは怯まない。
「だっ……だからって私たちの学校に来て良い理由にはなりません!」
「鏡音くん実はお弁当作ってきたッスー!」
「なんだと」
「わああああん私の話を聞けえええええっ! レンくんはお弁当につられないでえええええっ!」
 グミがレンの机の上にどしんと重箱を置く。おお、とレンの目に光が宿った。
「レンの目に光が……! これは珍しい」
「どうやらお腹空かせてたみたいね。これはリンちゃん一歩リードされた予感」
「うわあああんレンくんに餌を与えないで! 授業始まるから出て行ってえええ」
「その通り」
 混沌とし始めた教室に突如響いた声。
 あ、とクラスメイトが口を開ける。
 生徒全員が見つめる先。教室の入り口には、厳しい顔をしたメイコ先生が腕を組んで立っていた。赤いフレームの眼鏡を少し持ち上げてから、カツカツと騒ぎの中心に歩み寄る。
「とりあえずお弁当は授業始まるから没収だ鏡音(♂)」
 ひょい、と重箱を取り上げられレンの目から光がしゅるしゅると無くなっていく。
「うえええん、めえこせんせえええええ」
「なに泣いてるんだ鏡音(♀)。とりあえず席につきなさい、ほら」
「ふぁい……」
「そして部外者は」
 グミはがっしと猫のように襟を掴まれ、ぽいっと廊下につまみだされる。
「とりあえず事務室に言って入校許可証を貰って来なさい。昼休みになったら来ても良いけど授業の邪魔はしないこと。良いわね」
「分かったッスー!」
「よし良い返事だ」
 メイコ先生は微笑んでから、ぴしゃりと教室のドアを閉めた。そして呆然としている生徒たちを振り返る。
「よそはよそ! ウチはウチ! 他校の生徒羨んでる暇があったら勉強しなさい。さあ授業始めるわよ!」
 有無を言わせないメイコ先生の迫力に、全員頷くしかなかったのだった。


「鏡音くんは卵焼きの味付け、甘いほうが好きッスか?」
「……まあ……どちらかといえば甘いほう……」
「分かったッス! 今度からは甘くするッスねー!」
 ミシミシベキベキボキィッっと凄まじい音をたてながら、リンの握りしめた箸が砕ける。
「……リーンちゃーん。お箸何本折るつもりー? さすがに購買のおばさんも、1日に3回もお箸貰いに行ったら怒っちゃうんじゃないかなー」
「だって! どうして! なんで! あの子は当然のようにレンくんに手作りお弁当を作ってきてあげてるの? そしてあの話の流れだと明日も作ってくるつもりだよ! うううう悔しいいいい私がずうううっと憧れていたシチュエーションなのにっ! こうなったら私も明日手作りのお弁当を」
「だからやめなさい。冗談抜きでレンくんが危険な目にあうから」
 一方レンはグミのお弁当をがつがつと凄まじい勢いで平らげていた。隣のミクオが呆れた視線を寄こす。
「よく食うなあレン……お前午前中ずっと寝てただけなのに、何にエネルギー消費してんだ?」
「成長期の男の子はこんなものッスよ! 遠慮せずどんどん食べてほしいッス、鏡音くん!」
 グミのお弁当はレンに用意された重箱とは対照的な、女の子らしい小さなお弁当箱だった。膝の上にちょこんとのせられたそれには、レンが食べているものと同じおかずが詰められている。
「これ全部グミちゃんが作ってんの?」
「そうッス。昔から家事はボクが全部やってたから、こう見えても料理は得意ッスよ!」
「へえー。確かに美味そうだな、このお弁当」
「良かったら緑くんも食べるッスか?」
 すっとグミがお弁当箱を差し出す。
「えっ良いのー? グミちゃんやっさしいー! あとオレ緑くんじゃなくてミクオくんね! それじゃあお言葉に甘えて――――」
 ミクオの箸がグミのお弁当箱に伸びた瞬間、氷のような殺気を感じミクオは体を凍りつかせた。ばっと勢いよく振り返るが、視線を感じた方向には確かに殺気を放っているリンと(しかしこれはミクオに向けてではない)なぜかぞっとするほど静かにお弁当を食べるミクしかいない。顔を俯かせ箸を動かすミクからは、まがまがしいオーラが放たれているように見えるのは気のせいだろうか。
「あ、あの……み、ミク…さん……?」
 恐る恐る、ミクオは声をかける。ぎぎぎぎぎ、という音が聞こえてきそうな動きでミクはゆっくりミクオへと顔を向けた。そこには普段決して向けられることのないほどの満面の笑みが浮かんでいた。しかしミクオはその笑顔に言いようのない恐怖を感じ、ひいっと顔をひきつらせ椅子から転げ落ちた。
「……なあに? ミクオくーん? 私なんかに話しかけてないで、とっとと楽しいランチタイムに戻れば……?」
「お食事の時間を邪魔して申し訳ありませんでしたミク様! あのグミちゃんオレお腹いっぱいだから今日は遠慮しとくね!」
「おろ? そうッスか? あ、そうだ鏡音くん」
「む?」
 リスのようにご飯を頬張ったままレンが重箱から視線をあげた。
「日曜日に夏祭りがあるッスよ!」
 リンがはっと目を見開いて席を立ちあがる。
「だからボクと一緒に」
「レンくん!」
 ばん!と机の上の重箱が一瞬飛び上がる勢いでリンがレンの机に手をついた。
「よっ、良ければ日曜日の夏祭り私と一緒に行かない!?」
 言った直後、リンの顔が急速に赤くなる。しかしレンからは決して視線は外さなかった。おお、とミクが親友の成長に目を輝かせる。が、
「ももっももちろんミクちゃんとミクオも一緒にだけど!」
 慌てて付け加えられた単語に思わず苦笑いが浮かんだ。
「あーっズルいッスよー。ボクも誘おうと思ってたのに」
「こういうのは早い者勝ちなの!」
「でも話を切り出したのはボクが先ッス」
「誘ったのは私が先だもん!」
 レンの意思は完璧に置いてけぼりでリンとグミが口論を始めた。レンは助けを求めるように親友を見たが、ミクオはそっぽを向いている。
「こうなったらどっちが鏡音くんと夏祭りに行くかを賭けて勝負ッスよ!」
「望むところよ!」
 リンとグミがレンを挟んでバチバチと火花を散らす。なんだか面白いことになってきたなあーとミクは上機嫌で睨み合う両者に近づいた。
「で? お二人さん、なんで勝負するの?」
「テニ」
「剣道ッス!」
 リンの言葉を遮りグミが言い放つ。
「あーっズルい! 自分の得意な競技に持ち込もうとしてる!」
「こういうのは早い者勝ちッスよー。それとも勝つ自信が無いッスか?」
 にやりと挑発的な笑みをを浮かべるグミに、リンはぐっと言葉を詰まらせる。
「……っ、分かった! 受けて立つ! あなたにレンくんは渡さないんだから!」
「決まりッスね。じゃあ今から剣道場に行くッス」
「おうよ!」
「なあレン、リンもグミちゃんもお前の意見何も聞いてないけど……」
「……まあ、いいや。お弁当貰ったし」
 ごちそーさま。とレンは綺麗に空にした重箱を前にきちんと手を合わせた。
 一方、ぞろぞろとギャラリーを引き連れながら剣道場へ向かう一団の中で、ミクはリンに耳打ちしていた。
「リンちゃん自信満々だけど何か勝算あるの?」
「だいじょうぶ! こう見えても幼稚園の頃はチャンバラごっことかしてたんだから!」
「…………剣道の経験は?」
「無いっ!!」


 スパアンっ。
「一本! 勝負あり! 勝者グミ!」
「…………まあそうなるわよね」
 わあっと歓声があがる中心でグミは爽やかに面を脱ぐ。その足元に、今や人形と化したリンが転がっていた。
「確か神威さんのお兄さんって剣道の全国大会で優勝してなかった?」
「なんか剣道で有名な家系らしいよー。確か妹さんも全国大会の経験あるとか……」
「へえー」
 ギャラリーの会話を盗み聞きしたミクはがっくりと肩を落とした。それからいまだにピクリともしない敗者のもとへ歩み寄った。カエルのように倒れたリンの傍らにそっとしゃがみ込む。
「というわけでリンちゃん。11戦0勝11敗で完敗だよ」
「も、もう1回……」
「それ、もう10回目。いい加減諦めなよ……」
「だっ、だってえええっ」
 今にも泣きそうな顔をしてリンはがばりと体を起こす。そんなリンに勝者のグミがぴょこぴょこと近づいてきた。
「立てるッスか?」
「うううっ、敗者に情けは無用……っ! 立てますっ」
 リンはすっくと立ち上がると、今度はもだもだと面を外そうと格闘し始める。
「ううっ外れないーっどどどどうすればいいのーっ! 暑い! ミクちゃん助けてー!」
「元気ッスねー」
「ホントにね」
 呆れた様子でミクはじたばたともがくリンを見やる。そんな彼女をグミはちらりと横目で窺った。
「……それで、どうするッスか」
「どうするって?」
「夏祭りッスよ。本当にボクと鏡音くんで行って良いッスか?」
「勝負は勝負だもの。リンちゃんがどう思ってるかはともかく、私は構わないよ。……んー、ただしお祭りの最中は白いリボンのスパイがしっかり監視してると思うけどね。私はそれを面白おかしく見物させてもらおっかな」
 ミクはくすくす肩を震わせて笑った。そんなミクの横顔を、グミはどこか寂しげな表情でじいっと見つめていた。
 そしてぽつり、と。
「……良いッスよ」
「へ?」
 ミクは目を丸くしてグミを見た。グミはあの向日葵のような笑顔を浮かべて、にっこりとミクに向かって笑いかけた。
「お祭り。鏡音くんと2人じゃなくって良いッス。……その代わり、みんなで行くのはどうッスか?」




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恋するリンちゃんとマイペースレンくん 3 (後編) 恋するリンちゃんとマイペースレンくん 2
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