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ハジメテノボーカロイド設定。


長くなったので2つに分けました。後半はCMのあと!

 気付けば小さな駅の前に立っていた。傾き始めた太陽の光を浴びた駅はひっそりと静まり返っていて、誰の姿も見えない。人の声も、風の音さえも無い無音の世界。私は首を傾げた。この場所までどうして来たのか、どうやって来たのかも思いだせなかった。どこにでもあるようなけだるい午後の空気の中に、いつの間にか立っていたのだ。
 ふと自分が右手に紙切れを握っていることに気付いた。恐る恐る掌を広げてみると、電車の切符が現れた。くしゃくしゃになったそれには15:00発と書かれていて、ああ私は今からここに書かれている電車に乗るのだなと思った。確信は無いが、そうしなければならないらしい。何の疑いもないままぽっかりと口を開けたアーチ型の駅の入り口をくぐる。ひやりとした空気が私を迎えてくれた。構内はそんなに広くは無く、小さな券売機、薄汚れたベンチ、そして改札があるだけだった。
 改札の傍らに駅員が立っていた。女性か子供だろうか、遠目からでもはっきりと分かるほどに小柄な人物だ。私は誘われるようにふらふらとその人の方へと歩み寄った。私が近付いていくと、駅員は顔を上げた。帽子の影で見えなかった駅員の顔を見て、私は思わず立ち止まった。
 それは鏡音リンだった。私と同じ顔をした、正真正銘の、鏡音リンだった。
「切符は持ってる?」
 私とよく似た少女は笑みを浮かべてそう言った。私は我に返り、咄嗟に握っていた切符を出そうとした。しかしさすがにくしゃくしゃのまま出すのは失礼かと思い、慰め程度にしわを広げてからそれを改めて差し出した。
 少女は切符を受け取るとそこに印刷された文字に目を走らせてから、パチンと穴を開けた。
「1番乗り場です」
 返されたそれを私はそっとポケットにしまった。改札の向こうに駅のホームへと続く、入り口と同じアーチ型の出口があった。私は改札を通ろうとして、足を止めた。それから訊いた。
「ここはどこ?」
「駅」
 即答だった。
「それ以外の何だっていうの?」
 呆れたというより、何も知らない子供に初めから物事を教えるような口ぶりだった。私は少し苛立ちを含ませた声で言う。
「そうじゃなくて……私は気付いたらここに居たの。だけどどうしてここに居るのか思いだせないの。それっておかしいじゃない、だから」
「誰だってそうだよ。ふと自分がここに居ることを思い出すけど、どうしてここに居るのかは思いだせないの。あなただって、どうして自分が生まれてきたのか思い出せないでしょ?」
「……へりくつ」
「へりくつじゃないよ。現に私だってそうだもん。どうして自分がここに立っているのかは思い出せない」
 私は少女を見つめた。見れば見るほどそっくりだ。だけどどんなに外見が酷似していようと、やっぱり私は私で、この子は私じゃなかった。
 私は質問を変えた。
「あなたは誰?」
「私はリン」
「そんなわけないじゃない。私もリンだもの」
「そう? でもありえないことじゃないよ。だって私がリンであることは事実だし、あなたがリンであることも事実。そして私とあなたがこうして出会ったことも事実だもの。ただの奇遇だよ。こんにちは、リンさん」
 頭が痛くなってきた。一体私は何をしているのだろう。思わずこめかみに人差し指をあてて深い溜息をつく。しかし目の前の少女――――リンは混乱する私の様子を楽しむかのように、くすくすと笑っているだけだった。
「そんなに難しく考えなくていいよ。ただ本当に色んな偶然が重なりあって、この一瞬あなたと私の世界が交差しただけの話なんだから」
「あなたと私の世界……」
 私はリンが呟いた言葉を繰り返す。
「そう。あなたと私の世界」
 いつの間にかリンは制服姿ではなく、白いワンピースを着て桃色のショールを羽織った姿に変わっていた。頭には真白い帽子をかぶっている。私は驚かなかった。彼女が本来の姿に戻った、ただそれだけのような気がしたのだ。
「ねえリン、あなたの世界はどんな世界?」
「私の世界?」
 突然の質問に戸惑いながらも、私は考え込む。
「そうだなあ……毎日歌を歌ってる、かな。仲間と一緒に」
 私の答えに彼女はぱっと顔を輝かせて手を合わせた。
「素敵! とっても楽しそう!」
「うん。嫌なこともあるけどね、やっぱり大好きな人たちと一緒に居るのは楽しいよ」
「そうだね、私もそう思う。大好きな人たちと一緒に居ることは、何よりも楽しい時間ね」
 リンはそう言ってから、ふっと俯いた。さっきまで浮かべていた彼女の明るい表情にさした僅かな陰り。私の胸の中でさざ波のような不安が広がった。
 彼女は小さく呟いた。
「私にも大好きな人が居るの。……でも、傍に居ることは出来なかった」
 ホームに続く出口から差す光が、じりりと私を照らしていた。私はその光を受ける位置に立ち、彼女は日のあたらない場所に立っている。まるで私たちを隔てるように光と影の境界線が足元にくっきりと落ちていた。
「どうして、傍に居られなかったの?」
「……いろんな偶然が、重なった結果かな」
 眉尻を下げて、彼女は笑った。
「大好きで大切で仕方なかったのに、触れることすら許されなかった。お別れの時に、また会えるよって言うことも出来なかった」
 何と言っていいのか分からなかった。頭の中をひっかきまわし言葉を探すが、彼女の今にも壊れてしまいそうな悲しい笑顔の前ではどんな言葉も意味が無い気がした。
 私は視線を彷徨わせ、そして彼女が紙飛行機を握っていることに気付いた。私の視線に気付いて、彼女はそれを両手でそっと抱き締めた。
「これはその人との唯一の絆なの。大切な約束なのよ」
「大切な、ものなんだね」
「そう。…………でも、もういいんだ」
 もういい、とはどういう意味なのだろう。もう諦めたということなのだろうか。それとも今は一緒に居られるという意味?
 しかし私が尋ねる前に、話はここで終わりとでも言うように「そろそろかな」と彼女は言った。
「もうすぐ電車が来る。乗り遅れないようにね、リン」
 一歩後ろに下がり、じゃあね、と彼女は小さく手を振る。私は質問をするタイミングを逃してしばらくそこで迷っていた。しかし「ほら早く行かなきゃ」と急かされて、のろのろと改札に向かって足を踏み出した。彼女とはきっともう、二度と会えないだろう。私はそう確信していた。
 そして改札を通り抜けるまであと一歩という所まで来て、私は我慢できずに振り返った。
「あなたは……あなたはこれからどうするの?」
 彼女は帰るのだろうか。大好きな人のいない世界に。そう思うと訊かずにはいられなかった。
 少女は少し目を丸くしてから、ふふっと笑って首を傾げた。
「帰るんだよ。私の世界に。私の大好きな人がそこで待ってるの」
 その口調に嘘は無いようだった。彼女の顔にさっきまでの暗い陰りはもう無い。どこまでも穏やかで優しい笑顔だ。そっか、と私は答えた。その答えで、もう十分だった。
 リンは、雪のように白い指ですっと私の足元を指差した。
「じゃあ最後に親愛なるリンに一つ。“mind your step”……足元にご注意を」




 改札を出ると駅のホームがあった。1の数字が書かれた看板が立っている。あの子は1番乗り場だと言ったからここで合っているのだろう。日はさっき見た時よりよりもだいぶ傾いていた。今日の太陽はずいぶんとせっかちだ。周囲を見渡すと、錆びれたベンチがひとつぽつんと置いてあった。
 そこには一人の少女が座っていた。その姿も驚くほど私と似ている。さっきと違うのは、その子が私と全く同じ格好をしているということだ。セーラー服にヘッドセットに白いリボン。私のよく知る“ボーカロイド”の鏡音リンの姿だ。その膝の上にはマフラーが置かれ、彼女はそれに視線を落とし大事そうに掌を乗せていた。
「こんにちは」
 私は恐る恐る声をかけた。こちらを見上げる顔はやはり私とそっくりだ。彼女は柔らかく相好を崩した。
「こんにちは」
 小さな声だった。私と似ているけど、私よりも繊細で雪のような淡い声だ。失礼ながら、『鏡音リン』にしては覇気のない声だな、と思った。『鏡音リン』はパワフルで力のある声が特色なのに、この『鏡音リン』はそれと真逆だ。
「もしかして、あなたも電車が来るのを待ってるの?」
「いいえ、あなたが来るのを待っていたのよ」
 思いがけない答えに私はぎょっとした。
「えっ、私?」
「ええ。きっとあの子もあなたを待っていたはずよ。さっき改札に居たでしょう?」
 言われて改札を振り返るが、さっきの少女はもうそこには居なかった。帰った、のだろう。あの子の世界に。ずいぶんと駆け足だ。そんなに早く帰りたくなるならば、きっと素敵な世界に違いない。私は安堵した。そして尋ねた。
「あなたは自分がどうしてここに居るのか分かってるの?」
「いいえ、それはわたしにも分からない。だけどあなたを待っていたことだけは分かるわ」
「不思議だね」
「そうね。不思議。でも事実よ」
 もう一人のリンは、私とよく似ていたがどこか物静かで落ち着いた雰囲気だった。セーラー服の袖から伸びる腕は透きとおりそうなくらいに白く、ほっそりとした足は簡単に折れてしまいそうだ。私も何度か他の鏡音リンを見たことがあるが、多少の違いはあるものの、ほとんどの鏡音リンは元気いっぱいで生命力に溢れている。こんな鏡音リンは、今まで見たことが無かった。本当に彼女はボーカロイドなのだろうか。
「ねえ、あなたもボーカロイドなの?」
「そうよ、わたしもボーカロイド。あなたと同じね。歌を歌って、生きている」
 あっさりと肯定され私はへえ、と声をあげる。
「そっか……それなら私たちは同じ世界に居るのね」
「いいえ、違うわ。聞いたでしょう? 『色んな偶然が重なりあって、一瞬だけ世界が交差している』。だからわたしたちは違う世界に居るのよ」
「でも、同じボーカロイドなのに……」
「そうね。わたしも驚いてるわ」
 全く同じような姿で歌うボーカロイドが居る世界が他にもあるなんて、何だか信じられないことだった。だけどそれならこんな風に優しい声をした『鏡音リン』が居ても確かにおかしくは無い。
 私はひとり納得した。彼女は膝の上に乗せたマフラーに静かに指を這わせた。
「ねえ、そのマフラー、あなたの?」
「そうよ。わたしの世界は今、冬でとても寒いから」
「冬?」
 私は驚いて声をあげた。
「冬って本物の? あなた、パソコンの中に居ないの?」
「ええ。わたしの世界ではボーカロイドは人間のいる世界で生きているの。人間と同じように感覚を持っているから、四季を感じることが出来るのよ」
 私にも感覚はあるので、昼夜や四季を感じることは出来る。しかし私の感じている四季や昼夜は、あくまで現実世界を模倣してつくられたバーチャルなもので本物じゃない。しかし彼女はその“本物”の世界に居て、四季を感じているというのだ。
 私はしばらく呆然として、何でもないように喋る彼女の顔を見つめていた。もしかしたら彼女の居る世界は、私の世界の未来なのかもしれない。そうだとしたら、ずいぶんと長い間ボーカロイドは愛され続けるということなのか。
「すごい……信じられない……あなたの世界はずいぶん技術が発達しているんだね。それじゃあ冬ってことは、雪も降ってるの?」
「ええ、もちろん」
「やっぱり触ると冷たい?」
「とても冷たいわ」
「へえー……すごい。すごい、すごいなあ」
 何度もすごいと繰り返す私を、もう一人のリンは目を細めて見つめていた。
「ねえ。わたしからもひとつ訊いていいかしら」
 もちろん、と私は頷いた。
「あなたの世界では“鏡音”は二人で一つなの?」
 え、と私は声を漏らした。彼女が何を言ってるのか聞こえなかったわけではない。ただ、質問の意味が分からなかったのだ。私は首を傾げた。
「二人で一つ、っていうのはどういう意味で? 片方だけがインストール出来たりアンインストール出来るのか訊いてるのなら、それは可能だよ」
「……それじゃあ質問を変えるわ。あなたは鏡音が二人で一つだと思う?」
 彼女はあなた、という言葉を殊更に強調した。どうしてそんなことを訊いてくるのだろうと訝しく思ったが、彼女の真剣な表情を前にすると何も訊けなかった。私はしばらく考えた末に、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「……正直に言うと、よく分からない。そんなこと、考えたことも無かったし……さっきも言ったけど、私たちは片方だけでも存在することは出来る。だけど片方が存在すれば、対となる存在も必ずいる。これを二人で一つと言えるのか、私にはよく分からない。……これじゃ、駄目かな」
 おずおずとリンを見た。彼女は静かにそっか、と言った。
「ありがとう。変な質問をしてごめんなさい。でも、どうしても訊きたかったの」
 リンはぼんやりと遠くを見つめた。つられて私もその視線を追う。
 夕日が空を赤く染めていた。田園風景が広がるこの場所は、やはりまるで見覚えが無い。空に鳥の影は無かった。誰の声も聞こえず、風さえも吹いていなかった。
「私はね、鏡音には他のボーカロイドには無い特別な絆があるって信じてるの。そうじゃないと、私が寂しいから」
「……あなたには、居ないの?」
 誰が、とは言えなかった。
 短い沈黙の後に、居るわ、と小さく答えが返ってきた。
「だけど、私が遠い遠い場所に行かなければならなくなったの。だから今は離れてしまっている」
 見ている私も胸が痛くなってしまう程に悲しい横顔だった。さっきのあの子と同じだ。大切な人の傍に居ることが出来ない。
「一緒には行けなかったの?」
「来ることは出来たわ。だけど私は彼に来て欲しくなかったの。だから彼を置いてくるしかなかった」
 彼女の返事に私は愕然とした。
「そんなのかわいそうだよ! どうしてそんなひどいこと……」
 思わず声を荒げて、彼女に一歩詰め寄った。一緒に来ることも出来たのに、置き去りにしてきた彼女の行動が信じられなかったのだ。
「言ったでしょう、来て欲しくなかったのよ」
「……そんな勝手な理由で唯一の片割れを置いて来たっていうの」
「分かってる。これは私のわがままだってことも、分かってるの」
「それじゃあなんで、」
「私だって!」
 私の言葉を遮るように彼女は言った。喉の奥から絞り出したような悲痛な声に、私は息を呑む。
「本当は私だって……ずっと傍に、ずっと一緒に居たかった!」
 ひくりと肩を震わせ、掠れた声で彼女はぽつりと繰り返す。
「いたかったよ」
 しん、と静まり返った。夕日を背負うように立っていた私の影が、彼女を覆っていた。マフラーをぎゅっと掴む細く白い指が小さく震えているのを見て、私の高ぶりは急速に治まっていった。
 そうだ。置いていかれる方も辛いけれど、置いていく方も辛いことだってあるのだ。彼女がどんな気持ちで別れを告げたのか知らないくせに、どうして私が彼女を責めることなんて出来るだろう。
 私は自分がどれだけひどいことを言ったのかを理解し、軽率な発言を後悔した。私はしばらく迷っていたが、結局素直に謝る言葉しか見つけることが出来なかった。
「ごめんなさい。よく知りもしないのに……勝手なこと言ってたのは私の方だった」
「ううん、いいの。あなたの言ってることは、正しいわ」
 そう言ってリンは顔をあげて、私に微笑みかけた。これもさっきのあの子と同じ、痛々しい笑い方だ。
「あなたって優しいのね」
 思いがけない言葉に私は目を瞬かせ、そして苦笑いを浮かべた。
「優しくないよ。欲張りなだけ」
 謙遜では無かった。彼女は何も言わずに微笑んだままだった。
 不意に、カンカンカン、と大きなベルの音が響いて私は振り返った。線路の向こう側から、赤い電車がやってくるのが見えた。電車が来た、と彼女は言った。
「あの電車に乗るのよ。そこに、あなたを待ってる人が乗っているはずだから」
「待っている人? 誰なの?」
「それは私も知らないの。ごめんなさい」
 電車は目の前に音もなく滑り込んできた。少し古びているが、一見すると何の変哲もない電車に見える。電車の窓ガラスに少し不安げな顔をした自分の顔が映っていた。電車のドアが開く。私はリンの方を見た。彼女はこくりと頷いた。
「それじゃあさようなら、リン。足元にご注意を」
 さっきも聞いた言葉だ。一体どういうことなのだろう。しかし私はその理由を尋ねる代わりに、あの子にも訊いたことを尋ねた。
「あなたはこれからどうするの?」
「私のいるべき世界に帰る。そこであの人を待つことにするわ」
「……来てくれるといいね」
「ええ。きっと来てくれる」
 自信に満ちた声。どうしてそこまで言い切れるのだろうかと私は不思議に思った。そんな私の気持ちを読み取ったのだろうか。彼女はこう続けた。
「分かるのよ」
 静かに、だけどはっきりとリンは言った。
「言ったでしょう、鏡音には特別な絆がある。私はそう信じているの」
 それに、とリンはマフラーをぎゅっと胸に抱いて瞼を閉じた。さっき見たリンと同じ、穏やかで優しい表情だった。
「約束したのよ。だから私は、ずっと待っていられるの」





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