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高校1年生。秋の終わり。
white outの後日談。時系列的にはlead the blind by your handあたり。

番外編。ミクちゃんに捧げます。


 屋上のドアを開けると、刺すような冷たい風が私を襲った。思わずぎゅっと目をつぶって、そしてゆっくりと瞼を上げる。
 やっぱり、いた。
 澄み切った青空の下、屋上には人影が一つしかなかった。こんな寒い日に屋上までわざわざやってくる人は少ないのだろう。鉄柵に腕をのせてぼんやりと街を見ているその人物に歩み寄る。
「ミクオ」
 声が届く距離まで近づいて呼びかけてみたが、ミクオは私を一瞥するとすぐに視線を戻し、またぼんやりと景色を眺め出した。相変わらず酷い奴だ。私に好意を寄せる大勢の人たちに今の光景を見せれば、ミクオは袋叩き間違いなしだろう。
 しかし悲しいかな、ミクオのそんな態度にはすっかり慣れてしまった私はそれくらいでめげたりはしない。ずんずんと大股で歩み寄って、ぴたりとミクオの隣で足をとめた。
「もうすぐ昼休み終わるよ」
「ふーん」
「ふーんじゃない。授業出ないつもり?」
「うん」
 最近ミクオはよく授業をさぼるようになった。今まではこんなこと無かったのに。流石に先生の目も険しくなってきて、あと1回サボれば職員室に直行させられるに違いない。
 私は大きく嘆息をもらし、ちらりとミクオを見上げた。空を見つめる横顔は、何の感情も浮かんでいない。私の心が、ざわりと静かに波打った。そして唐突に悟る。
 あ、そうか。
 もしかして、
「……ふられ、ちゃったんだ?」
 思わず、小さく声に出してしまっていた。
 ミクオの肩がぴくりと震え、ようやく私の姿を視界に捉えた。その目は、私の問いの答えを雄弁に物語っていた。
 私は俯いた。風が耳元で唸り、ぴりぴりと肌を刺す。何と声をかければ良いのか分からずに、唇を噛んで上履きを見つめた。強い風が私の髪をなびかせる。はーあ、とわざとらしい長い溜息が聞こえた。
「うん。ふられた。完全完璧完敗した」
 そう言ってミクオは僅かに唇を歪ませて笑った。
「だからちょっとセンチメンタルに浸ってるわけだ。お前のことだ、どーせざまあみろとか思ってんだろ? それともチャンス到来で大歓喜か? 良かったな、傷心中の今が俺をモノにするチャンスだぞ」
 私は黙っていた。何となく、分かっていた。多分ミクオは、わざと私を怒らせるようなことを言っている。
 確かに私は、ミクオがふられれば少しは胸がすっとして、そして好機の訪れに不謹慎ながらも嬉しさを感じるだろうと思っていた。しかし実際にこうして彼を目の前にすると、私は胸がすっとすることも、喜びを感じることも出来なかった。それどころか、明るくおどけて振る舞うミクオに、何故だか泣きそうになる。
 これは同情ってやつなのだろうか。それとも。
 沈黙を貫きとおす私に、ミクオは喋るのを止めた。
「……何だよ、なんで、お前が泣きそうな顔してんの」
「……だって」
「一つ言うけど同情ならいらないからな」
「そんなこと言われたって同情しちゃうんだから仕方ないでしょ馬鹿っ!」
 私は涙が零れる前にごしごしと目を擦った。きれるなよ、とミクオがぼやいた。うるさい、と私も言い返す。
「でも……」
「うん?」
「でも、同情っていうより、何だか悔しい」
 私はミクオがどれだけあの子を好きだったのかをよく知ってる。それはもう、悲しいくらいによく知っている。だからあんなにも思い続けていたミクオの気持ちが届かなかったことが、本当に悔しかった。私が悔しがる道理なんて全然無いのに、それなのに悔しくて、たまらなく悲しかった。もしかしたら、私はいつの間にかミクオの恋に自分の恋を重ねていたのかもしれない。
 ミクオは困ったようにがしがしと頭をかいた。
「ほら。もういいだろ、ほっとけよ。授業始まるから教室戻れって」
「……やだ」
「やだじゃない。お前授業さぼったことなんか無いくせに、いっちょまえに不良ぶるんじゃない。早く帰れ」
「やだ。ミクオがここに残るなら私も残る」
「お前なあ」
 私は唇を引き結んでキッとミクオを見上げた。ミクオは一瞬たじろいで、そして諦めたように肩を落とした。
「あーもう……勝手にしろよ」
「勝手にする!」
 てこでもここから動かないぞという主張のように、私は鉄柵に背中を預けて腕を組んだ。
 一方ミクオは本当に説得するのを諦めたらしく、再び何をするでもなく冬の気配を纏い始めた街をぼんやり眺め始めた。
 沈黙。
 ほとんど勢いで残るとは言ったものの、ミクオが言った通り授業をさぼるのは初めてで、内心どきどきしていた。それにミクオはこれ以上何も喋る気は無いようで、訪れた静寂にどうしようかとこっそりと横目で様子を窺う。
 ミクオは、じっと遠くを見つめていた。その顔は悲しそうでも、辛そうでもなかった。まるで何も感じていない能面みたいな表情。その虚ろな瞳は、私の不安をかき立て、すぐ隣にいるミクオの存在をひどく遠く感じさせた。
「泣かないの?」
 ほとんど無意識に、そう問いかけていた。ミクオは遠い何処かを見つめていた視線を私に向けた。何度か瞬きを繰り返して、そしてすっと目を細めた。
「俺に泣いて欲しいの?」
「泣いて、欲しい」
「じゃあ泣かない。残念でした」
 そう言って突然ミクオは鉄柵からぱっと手を離し、ドアに向かって歩き始めた。
「えっ? ちょっと! 教室戻るの?」
「戻るよ。そろそろ先生にお咎めくらいそうだし」
 掌を返したような態度の変わりように私は呆気にとられる。しかしどんどん歩いて行くミクオにはっと我に返り、置いて行かれる前に慌てて一歩踏み出す。その時、
「――――ねえ、もしさ」
 強い風にかき消されそうなくらい、小さな声だった。しかしそれははっきりと私の耳に届いた。私は駆け出そうとした足を止めた。
「オレがもし、慰めてよって、言ったらさ」
「殴る」
 間髪入れずにそう答えた。
 一瞬の空白の後にミクオは振り返り、デスヨネェ、と苦笑した。そして再び屋上の出口へと歩き出した。
 強い風が、ミクオと私の間に吹いた。うお、とミクオがたたらを踏んで、私はその場に突っ立ったまま、じっとその背中を見つめていた。
――――慰めてよ、って言ったら、
 ミクオの声が私の頭に響いた。
――――慰めてよ、って言ったら。

――――そんなの、決まってるでしょ。

 私は駆け出した。ミクオが振り向く前に、背後からぶつかるようにその体を抱きしめた。えっ、と驚いた反応を見せたミクオに、少しだけ良い気味だと思う。
「嘘だよ」
 風が急速に弱まり、私の長い髪がふわりと肩に流れた。
「言ったでしょ、傍にいてあげるって。だから、行かないで」
 行かないで。強がらないで。無理して笑わないで。
 体が熱かった。ミクオの体にまわした手が、小さく震えていた。きっとミクオにはバレているに違いない。だけど今は、体裁なんて気にしていられなかった。私は声が震えないように必死になりながら、言葉を紡ぐ。
「本当は傷付いてるくせに、強がって何も感じてないふりなんかしないで。泣くの我慢して、全部笑ってごまかさないで。他の人は知らないけどね、私にはそんなの通用しないんだからね。甘く見ないでくれる?」
 不器用なミクオは、きっと誰かに弱さを見せるのがすごく苦手なんだろう。だから結局すべて自分で抱え込んでしまうのだ。無表情の仮面をかぶって、じっと感情をやり過ごそうとしてしまう。
 もし、ミクオがずっとそんな風に生きていたのだとしたら。
 私はすごく悲しかった。
 すごく、すごく、悲しかった。
 ぎゅっと腕に力を込める。
 なんで、と掠れた声が耳に届いた。
「……なんで、お前が俺みたいなのに惚れたかな」
「私が一番不思議よ」
「だって俺……意外と根暗だし」
「うん」
「二面性あるし」
「そうね」
「サドだし」
「……あっそ」
「変なところガキだし」
「確かに」
「無茶苦茶性格悪いし」
「激しく同意」
 それに、と躊躇うような間をおいてミクオは呟いた。
「……諦め、悪いし」
 私の手に、そっと冷たい手が重ねられた。心臓が震える。私はぎゅっと目を瞑る。そして、言った。
「好き」
 とっくに伝わっているはずのその気持ちを、少しでも多く強く感じて欲しくて、私は何度も口にする。
「好き」
「……いつまでも、引きずるし」
「大好き」
「カッコつけしいだし」
「好き。大好き」
「本当に、嫌なやつなのにさ」
 ぽたりと温かい滴が私の手に落ちた。
「それでも、好きなの?」
「好きだよミクオ」
 今だけでも良い。私の言葉がミクオの心の支えになるのなら、私は何度だって繰り返す。誰かが強引に扉をノックしないと君が心を開かないのなら、私はどんなことをしたってその扉を開いてみせよう。迷惑がられたって、突き放されたって私は傍にいる。そして誰よりも不器用な彼の感情を一つ残らず拾い上げるのだ。
 そうでもしなきゃ、ミクオが泣きたい時に、誰がミクオを抱きしめてあげるっていうの。
 私はミクオの背中にそっと頬を寄せた。風の中に冬の匂いを感じる。もうすぐ冬が来る。冬が来て、雪が降って、そしてその雪が溶けてまた春が巡る。
 その時に、少しでもミクオの心の傷が治っていれば良いと思う。そして、その隣に私がいられれば、私はもう、それだけで。
 重ねた手を絡めると、ミクオは小さく笑った。
 静かに瞼を上げれば、冬の陽光が優しく世界を満たしていた。
「ねえミクってさ。実はすごくいい女だったりする?」
「今頃気づいたか、ばーか」






10.08.31
ミク、お誕生日おめでとう!

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