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某さん宅のミクを書いたもの。どうせ書くなら!と、某さんの文体を意識してみたものの、そう簡単に真似できるわけもなく結局いつも通りのゴーマイウェイになりました。
普段は小説を書くときはBGMかけないんですが、今回はずっとすんPの五月の窓を聴いてました。私のイメージだとこの曲が某さんのミクにぴったりなんです。

そんなこんなですが、二次二次創作と言うよりファンレターみたいなものだと思っていただければ!
ミク様に捧げる文だけど、語りはミクオです。

静かな夜だった。
 灯りの無い部屋は、窓から差し込む月光で青く照らされている。海の底のようなその場所で、猫のように体を丸めて眠る彼女の背中が見えた。
 長い髪がベッドの上に散らばり月の光をちらちらと弾いていた。綺麗だった。彼女に対して誰もが抱くその感情を、僕もまた抱いていた。手垢にまみれたその言葉を、僕は今日も心の中で繰り返す。綺麗だ。泣きたくなる位に、目を逸らしたくなる位に、彼女は完璧で、綺麗だった。
 僕は一歩、彼女に近づいた。本当に海の底を歩いているように足が重く、息も苦しかった。ここはお前が来るべき場所じゃない。そう言われているような気がした。人間が海の中で生きていけないように、誰もがそれぞれに生きるべき場所を持っている。それがどんな場所でも、選択権の無い僕たちにはどうすることも出来ない。そして僕が生きるべき場所は、ここでは無かった。それでも僕は無理矢理足を前に進める。
 ベッドの前まで辿り着き、身じろぎひとつせずに眠っている彼女を見下ろした。生まれた時からずっと、こんなに暗くて冷たい海の底に彼女は毎晩1人で沈んでいるのだ。もし僕が彼女に辛いかと問えば彼女は笑って答えるに違いない。「だったら、何だっていうの?」と。隠しもせず、だからといって弱さを晒すことも無く、何処までも毅然とした態度で。彼女は。
 僕は右手に持った鋏を握り直した。月光を反射して、それは鋭く光った。ベッドに片膝を乗せると、小さく軋んだ音を立てた。動きを止めて彼女の反応を窺うが、幸い彼女が目覚める様子は無かった。今日はずいぶん深くまで潜っているようだ。
 右手をついて身を乗り出すと、ようやくその横顔を視界に入れることが出来た。暗闇の中でもはっきりと分かるほどに白いその頬に、僕は左手を添える。陶器のように滑らかでひどく冷たい肌。薄く開いた唇から漏れる吐息が無ければ、彼女はまるで人形のようだった。そう考えて、いや、と僕は思い直す。
 違う。人形なのだ。彼女は人形だ。呼吸も手足も髪も口も目も一つ残らず人間に似せてつくられたものだ。そして完璧であるが故に、彼女は人間にはなれなかった。きっとそれは彼女自身が一番よく分かっている。
 僕は左手を離してから、壊れ物に触れるように優しく彼女の髪を一房手にとった。彼女は毎晩長い時間をかけてこの髪の手入れをする。そして決して欠かすことなく、必ず髪を二つに括る。全ては彼女が“初音ミク”であるために必要な行為で、彼女が“初音ミク”になるための儀式だった。呪いみたいだ、と僕はいつも思う。彼女をかたどる何もかもが、僕の目には呪いのように映った。
 手に取った艶やかな彼女の髪にそっと鋏を添える。あとは右手に力を込めるだけだ。そうすれば呆気なく、彼女の髪は切り落とされる。だけど僕の右手は鋏を握ったまま動くことは無かった。ここまで来て、僕は臆していた。彼女の美しさと、弱さに怯えてしまっていた。
 今ならまだ、間に合う。ほんの少し左手を傾ければ、彼女の髪は砂のようにさらさらと僕の掌から零れ落ちる。僕はそっとベッドから離れてこの部屋から出ていく。そうして彼女は何も知らないまま朝が来るまでこんこんと海の中に沈み続け、そして僕は惨めに陸に這い戻る。それが正常。全てがいつも通り。昨日と変わらない今日が来るだけ。
 きっと彼女だって、それを望んでいる。
「切りなよ」
 僕は驚いて顔をあげた。掌から鋏が滑り落ちたが、その行方を目で追うことは無かった。膝の近くで、鋏がベッドの上に軟着陸する音が聞こえた。
 彼女はゆっくりと繰り返した。
「切りなよ。早く」
 その口調はやはりいつもと同じで迷いの無いものだった。だけどこれは彼女が望んで言っている言葉じゃない。僕の気持ちを推し量った上で、彼女は言っているだけなのだ。
 再び貝のように口を閉ざしてしまった彼女の背中を見つめた。その背中はあまりにも小さく、脆く、そしてやはり綺麗だ。
 僕は空になった右手をゆっくりと握りしめた。
 彼女に気付かれないよう、全てを終えることに意味があったのだ。しかし彼女が目を覚ましてしまえば、この行為は全て自己満足に終わることになる。
 分かっていたさ、と僕は声に出さずに呟く。
 最初から、なんの意味も無いことだって僕自身も分かっていたんだ。だけどどうして目を覚ましてしまったんだ。どうして黙っていてくれなかったんだ。君はただ、眠っているだけでよかったのに。本当に君は意地悪で厳しい。だけど笑えるくらいに優しい。そして僕は、本当に愚かだった。
 固く握りしめていた拳をゆっくりとほどき、落ちていた鋏を再び手にした。そしてさっきと同じように、彼女の髪に刃を添えた。今度は驚くほど簡単に右手が動いた。
 しゃきん、と軽やかな音が響いた。
 ミクの髪がベッドの上に落ちた。それをきっかけに、あれほど躊躇していたことがまるで嘘のように、僕の手は次々とミクの髪を切り落としていく。
 しゃきん。しゃきん。
 音は途切れない。彼女は振り向かない。
「……伸びるのに、どれくらいかかるかな」
「どうせマスターに言えば簡単に戻してくれるわよ。人間とは違うんだから」
「そうかな。もしかしたら似合うって言ってくれるかもよ」
「私が元に戻したいの」
「……マスターがそのままが良いって言っても?」
 しゃき、ん。
 刹那、空気の粘性が増し時の流れが遅くなる。だけどそれは本当に僅かな時間だ。瞬きをすれば時間はまた透きとおった水のように流れていた。ふうっと彼女は細い息を吐きだした。そして静かに呟いた。
「――――言うかもね。あの人なら」
 ミクがミクであるための長い髪の残骸はどんどん積もっていく。だけどどんなことをしたって、彼女はやはり初音ミクのままだった。きっと再び会う時には、彼女はまた二つに結った長い髪を揺らしているだろう。そしてきっと今夜の出来事をお互い口にすることも無いまま、彼女は相変わらず初音ミクとして歌い続け、僕はそれを遠くから見つめることしか出来ないのだ。
 僕は思った。
 眠っていてくれと、ただ一言口に出して言っておけば良かったと。そうすれば彼女はいつまでも眠ったふりをしていてくれたかもしれないのに。僕だけでも救われたかもしれないのに。しかし今更後悔しても、何もかもが遅かった。
 僕はどこまでも詰めが甘い。
 だから、彼女を救えない。
 切り落とされた髪が青い光を受けて水面のように光る。ふと、海が見たいといういつかの君の言葉を思い出した。
 あれはいつのことだっただろう。確かその時もこの部屋で、二人きりだったような気がする。外では雨が降っていて、長い雨が木々を濡らしていた。白い部屋、緑の葉、透明な滴。その色彩まで鮮やかに思い出すことが出来るのに、どうしてか君の顔だけは思い出せない。
 君は覚えているかな。
 それとも、あれは僕の夢だったのだろうか。

「苦しい?」

 声が響いた。
 僕の声だったのか、ミクの声だったのか自分でも分からない。
 言葉はしばらく漂い、そして泡のように消えていった。答えは無かった。それがこの夜の最後の言葉だった。
 息も出来ない、光も届かない深い深い海の底。そんな四角い海の底で、僕は必死に息を堪えていた。






10.11.07
It is just like crying for the moon.
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