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拍手お礼だったもの。拍手やコメント、本当に本当にありがとうございました!
今回も好き勝手王道らぶこめってやつです多分。
夏休みを目前にした、恋するリンさんとマイペースなレンくんです。
今回も好き勝手王道らぶこめってやつです多分。
夏休みを目前にした、恋するリンさんとマイペースなレンくんです。
「ヤバい」
しとしとと梅雨の長い雨が続くある日のこと。ミクオの呻くような言葉にレンは顔を上げた。
「何が?」
「何がってお前……期末テストまであと1週間だぞ」
「そうだけど」
「そうだけど? オイ聞いたかみんな! ……そうだけど(キリッ)ですって! ああ怖い! やっぱり秀才は僕たち底辺と言うことが違うよね!」
「そんなこと言ってる暇あるなら勉強すれば良いんじゃないの」
「……ところでレンくん、さっきから何してるの?」
「テスト勉強」
「ちょwwwwテメっツラ貸せゴルァアアア!」
クラスにいる生徒の注目を一身に浴びながらミクオが騒いでいるのを見て、ミクは腰に手をあて大きな溜息をついた。
「相変わらず馬鹿やってるわね、ミクオったら……そもそもあんなに騒ぐくらいならもっと早くから勉強始めろって話なのよ。ねえリンちゃん?」
「…………」
同意を求めるように首を傾げるミクから、そっとリンは視線を逸らした。
「…………リンちゃん?」
「…………」
追いかけるように覗き込むミクから、リンは再び視線を逸らす。
「…………」
「…………」
「…………リンちゃん。この間の中間テストの成績、」
「いいい言わないでえっ」
必死の形相でリンはミクの口を手で押さえた。
「私が馬鹿ってレンくんに知られたら、絶対に嫌われる!」
「う、ううん……それはどうかな……」
「ううん、絶対嫌われる! だからそれ以上は言っちゃだめ!」
ミクが言う「それはどうかな」というのは、「普段のリンちゃんの授業態度を知っている鏡音くんなら、リンちゃんの成績はなんとなく把握してるんじゃないかな」という意味だったのだが、優しいミクはその言葉を口にすることなく、そっと心に留めておくことにした。
「それじゃあ勉強するしかないねえ。アレ→(ミクオ)みたいになりたくないでしょ?」
「絶対になりたくない!!!!」
真っ青な顔をしてリンはぶんぶん首を振る。
「よし! それじゃあ決まり。放課後に勉強しましょ。ちょうど今日から部活も休みになるしね」
「でででででも駄目なの私本当になんというか勉強駄目なのきっと死んだ方が良いのそれくらい成績悪いの馬鹿なの死ぬのだから勉強なんて無理っ」
リンは文系教科ならば人並に出来るが、理系教科が滅法苦手で、数学は特に壊滅的な成績だった。数学の小テストは追試常連。中間テストの点数は、自然数ですらなかったというから困りものだ。それを知っているミクは、青い顔をしてすがりつくリンを見下ろして苦笑するしかなかった。
「う、ううーん……そう言われてもなあ」
「鏡音」
その時、どこからともなく現れたメイコ先生が、背後からぽん、とミクとリンの肩を叩いた。
「期末テストで、またとんでもない成績とったら部活禁止ね」
え、と2人の顔が凍りついた。
メイコ先生は仲良く石化した2人ににっこりと笑いかけ、何事もなかったかのように「帰りのホームルーム始めるわよー」とその場を立ち去る。
「そっそんな……! どうしようミクちゃ……」
リンは泣きそうになりながらミクを振り返り、そして凍りついた。
そこには見る者が震えあがるような恐ろしい笑顔をしたミクが立っていたのだ。
「み、みっ、ミクちゃん、私……」
「勉強、するわよねえ? リンちゃん?」
有無を言わせぬ迫力で首を傾げるミクに、リンはがくがくと頷くしかなかった。
そして30分後。第1図書館にリンとミクはいた。
2人の通う学校には図書館が2つあり、新しくつくられた方が第2図書館、古い方が第1図書館と呼ばれている。生徒のほとんどは第2図書館を利用しており、この第1図書館は専らテスト期間前の生徒の自習室として使われる。
現に、リンとミクがHRを終えて図書館へやって来た時には、すでに数人の生徒が勉強を始めていた。
「おお、やっぱりいるね」
「うん……あっ、あれ」
「ん? ……げっ」
ミクが思いきり顔をしかめたのと、窓際の席を陣取っていたミクオが入り口に立っている2人に気付いたのはほぼ同時だった。張りつめていた空気をぶち壊す歓声が図書館に響いた。
「あ――――――っ、ミクっ! マイえんじぇぅミクじゃないか!」
「今すぐに黙らないと殺すわよ」
「なになに、2人もテスト勉強?」
スキップでもしそうな足取りでこちらにやって来たミクオにむかって、ミクはむっつりとした表情で答えた。
「そのつもりだったけど……ミクオがいるなら別のところにするわ。うるさそうだし」
「そんなつれないこと言うなよ! オレ、ミクが教えてくれれば100点だってとれそう!」
「ハイハイワロスワロス」
「つんけんするミクまじ萌え! ハアハア(*´Д`)」
「ミクオそろそろ黙らないと本気で殺されるよ……」
ミクはもちろん、自習していた生徒たちの殺意を感じとり、リンは一応忠告しておく。
「いや、でもさ、冗談抜きで一緒に勉強しようよ」
「嫌よ。私たちになんのメリットも無いもの」
ミクオの提案をミクはぴしゃりと跳ねのけた。しかしミクオは「ちっちっち」と人差し指を振って、にやりと口角を上げた。
「いやいや。それがあるんですなー。きっとそれを知ったらミクも頷かざるをえないだろう」
「?」
「そんな口から出まかせ言って、騙そうったってそうはいかないわよ」
「本当だってー。あ、ほらほら」
「……なにしてんの」
突然背後から聞こえてきた声に、リンのリボンが、うさぎの耳のようにぴっとたった。勢いよく振り返ると、そこには。
「……ここ、図書館だから静かにしなよ」
「――――れっ、」
絶叫するのを敏感に察知したミクが光の速さでリンの口を押さえたため、彼女の歓喜の叫びは「れ」までしか発せられることは無かった。
ミクオはがっしりとレンの肩を抱いて満面の笑みを浮かべた。
「遅かったなーレン!」
「職員室に用があった……ところで初音さんたちと一緒に勉強することになったの?」
「まーな!」
力強く答えて、リンの口を押さえたままのミクを振り返る。
「ね? メリット。あるだろ」
そう言ってウインクするミクオに、ミクは不承不承といった様子で溜息をついた。
「……まあ。これなら仕方ないわね」
「やたっ」
「……なんの話?」
「なんでもない」
意味がわからない、という風に首を傾げたレンに、ミクとミクオは声を揃えてこう答えた。そしてふがふがと暴れていたリンも、ようやくミクの手から抜け出した。
「れっ、れれれれレンくんっ」
「なに?」
「おっ…………、お……はようございます……」
「もう夕方だけど……」
「はいはいストップストップ」
ぱんぱんとミクは手を鳴らすと、リンに向かってぴっと人差し指を立てた。
「今日は。勉強するのよ。いい、リンちゃん?」
「……はい」
現実に引き戻されながらも、レンと一緒に勉強できるなら俄然やる気が湧いてくるリンであった。
「ミクちゃん、わたし、もうだめかも……」
「2分前のやる気はどこへ行った」
リンは机に突っ伏して地を這うような声を出す。
「だって……数学本当、無理……」
「無理じゃない。ほら、どこがわかんないの?」
「ミク! オレもわかんない!」
「ミクオは黙って――――」
そこでミクは不意に喋るのを止めた。ちらりと向かい側で黙々と問題を解くレンを見やり、そして先程のミクオとよく似た笑みをにやりと口元に浮かべた。
「オーケーミクオ、私が教えてあげる」
「えっ」
「なによ、ミクオから教えてって言ったんでしょ。なにか問題ある?」
「大丈夫だ、問題無い」
「それなら良し」
「ねえちょっとレンくん聞いた!? ミクがついにデレたよ!」
「良かったね」
「み、ミクちゃん私を見捨てるのっ?」
涙を浮かべてすがりつくリンに、ミクはにっこりと笑いかけた。
「だから鏡音くん、リンちゃんに数学教えてくれない?」
「へ……」
「いいよ」
「へええええっ!?」
危うく椅子から転げ落ちそうになりながら、リンは素っ頓狂な声を出した。ミクは天使のような笑顔を浮かべ手早く筆記用具とノートをまとめた。
「じゃあ私とミクオはしばらくあっちで勉強するから。行こ、ミクオ」
「今日のミク、何か大胆で、オレ照れちゃう……」
「ハイハイワロスワロス」
「ちょっと待ってミクちゃ、」
リンの制止の声も華麗にスル―して、ミクはミクオを引き連れて颯爽と席を立ってしまった。そして、その場にぽつんとリンとレンだけが残される。
どうしよう、とリンは小さく呟いた。
(レンくんが目の前にいて、しかも、ふ、2人きり)
リンの顔がみるみるうちに赤くなった。恐る恐る顔を上げれば、レンがこちらを見ていて、途端リンの頭からぼんっと煙が噴き出した。
「あの、あのあのあの、レンくん、あの」
「どこがわかんないの?」
「わ、わか、わかわかわか」
「……和歌? 数学じゃなかったっけ……」
「えっ、えっと、えと、えと」
「……江戸……?」
「あの子たち大丈夫かなあ……」
2人のやり取りをこっそり見守りながら、ミクは頭を抱えた。
「で、ここでさっきの法則を使う」
「……どの法則?」
「さっき説明した法則だよ。教科書の……ほらココ」
レンが指差した先を見て、ああ、とリンは手を打つ。
「ちゃんと法則覚えなくちゃ、リン」
きゅん、と胸が疼いて、リンは小さく息を呑んだ。
初めてレンに名前を呼ばれてからもう2週間も経つのに、いまだに名前を呼ばれるたびにリンの胸は小さく高鳴る。
レンの声が紡ぐリンという言葉はまるで自分の名前じゃないように感じられて、むずむずと心をくすぐられているような気持ちになるのだ。
「こういう法則は覚えるしかないんだよ。覚えればあとは簡単だから」
「う、うん。わかった」
「じゃあ次の問題」
レンが向かい側に座るリンの方にすっと身を乗り出して、リンの心臓が一際大きく鳴った。
「これも同じでこの法則を使う」
レンの声が耳のすぐそばで響いて、リンの心臓の鼓動はどんどん加速していく。さら、と視界の端でレンの髪が揺れた。
(も、もうだめっ、しんぞうがばくはつするっ!)
「レ、レンくんっ! 私そのっ、もが」
リンは最後まで言うことが出来なかった。
少しだけ顔をしかめたレンに、掌で口を覆われていたから。
「……あとリン。ちょっと静かにしなよ。ここ図書館」
しかしもはやレンの言葉はリンの耳に入っていなかった。
(レンくんの手が)
(わたしの)
(くち、に)
どかん、と小さな爆発音が図書館に響いた。
30分後。
ようやく平静を取り戻したリンは、再び問題集に向き合っていた。
うんうん唸りながらも、合間合間にレンがアドバイスをしてなんとか解き進めている。
「はああ……レンくんはすごいなあ……こんな難しい問題がわかっちゃうんだから」
「オレじゃなくても解ける人はいっぱいいるよ。初音さんだって頭良いし」
「うん。ミクちゃんもすごい。でもレンくんもすごい」
リンは目を細め、でも、と続ける。
「ミクちゃんとレンくんがすごいのは、出来て当たり前っていう周りの声に負けないところだと思う」
レンはきょとんとして、首を傾げる。リンはくるくるとシャーペンを回しながら、えへへ、と苦笑いを浮かべた。
「だって私がミクちゃんだったら周りからあんなに凄いね凄いねって言われたらすごくプレッシャーだもん。期待に応えられなかったらどうしようって、テストのたびに思っちゃうんだろうな。2人の場合、勉強だけじゃなくて部活とかもそうでしょ? “何でも”出来て当たり前」
霧のような雨の音が、静かな図書館を満たしていた。レンは何も言わない。ただじっと、リンの小さな声に耳を傾けている。
「私なんかは得意なこととかほとんどないから、感想文とかが入選しただけでも、すっごくお母さんとか褒めてくれるの。でももしこれがミクちゃんだったら、入選くらいじゃ褒めてもらえないのかもしれないなあ、なんて思って。それでちょっと悲しくなるんだよね。だけどちっとも弱音吐かないから、ミクちゃんはすごいなあって思う。それはレンくんも同じ。2人とも、すごいよね」
そう言ってリンはにっこりと笑った。レンは僅かに目を伏せて、そして「問題集の続き」とだけ言った。
「あ……そうでした。ごめんねいきなりペラペラしゃべっちゃって」
あはは、とリンは顔を赤くして頭をかいた。誤魔化すように「よーしがんばるぞ!」と意気込んで再び問題集にシャーペンを走らせる。そんなリンを、レンは静かに見つめていた。
それからしばらくして、ミクとミクオが戻って来た。
「たっだいまー。どう、少しは数学はかどった?」
「うんっ」
ミクの後ろから、よろよろとやつれたミクオが現れる。
「やべーレン……オレ死ぬ……軽く2回は地獄を見たわ……」
「よかったな」
「私の指導を受けられただけでも感謝しなさいよね」
「ミクさんマジ小悪魔……」
「じゃあ休憩がてら飲み物買ってくるね。付き合ってもらったお礼にみんなの分も買ってくるよ」
「あ、じゃあオレも行く! 自分の分とミクの分はオレが払うよ」
ぱたぱたと慌ただしくリンとミクオが図書館から出ていく。それを見送ってから、さて、とミクはレンを見た。
「なんか変な爆発音がしたけど、鏡音くん今度はリンちゃんに何したわけ?」
「いや……オレは何もしてないんだけど……なんか定期的に、リンが勝手に爆発する……」
本当にわかっていない様子のレンに、ミクはがっくりとうなだれた。ちょっとずれた友人と、恐ろしく鈍い彼の距離が少しでも近づくようにと気をまわしてみたのだが、どうやらあまり効果は無かったようだ。
「そういう初音さんこそミクオに何したの? 拷問?」
「この上なく優しく英語を教えてあげただけです。それにしても……はーあ、前途多難ね」
「なにが?」
「なんでもないっ」
ミクは頬に手をあて憂鬱そうに溜息をついた。そんな彼女を見やったあと、レンはリンが立ち去っていった方角を見つめた。
「リンってさ」
「うん?」
「ちょっと変だなあと思ってたけど、違った」
「――――え、」
「すごく変だった」
「……………………は?」
言葉の意図がつかめずにミクは目を丸くしたが、レンはそれ以上何も言う気は無いようで再び口を閉ざしてしまった。
あんたが言うな、という言葉が思わず出かかったが、閉め忘れられたドアをぼんやりと見るレンの目が、少し楽しそうに見えたから、
(…………なにも言わないでおこっと)
くすっとミクは微笑んだ。親友の恋の行方に、小さな灯が見えたような気がした。
「……あ。ねえ、そういえば鏡音くんに訊きたかったんだけど」
「なに?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、ミクはレンを覗き込む。
「他の女子はみんな名字で呼ぶのに、なんでリンちゃんだけ名前で、しかも呼び捨てなの?」
レンはきょとんとしてぱちぱちと何度か瞬きを繰り返した。
そして、うーんと小さく唸って、一言。
「……なんでだろう?」
2週間後、教室では無事に悲惨な成績を免れることが出来たリンの姿があった。
長い梅雨が明け、空には白い入道雲と太陽が眩しく光っている。
夏休みは、すぐそこだ。
10.10.05
ようやくラブコメらしくなってきました。
【オマケ】
「やったー! ミクちゃんっ、成績上がったよう! これで無事部活が出来るよう!」
「良かったねえリンちゃん!」
「これもぎりぎりまで勉強に付き合ってくれたミクちゃんのおかげ!」
「いいのいいのー。あ、鏡音くん! テストどうだった?」
「いつもと同じ……」
「ってことは良かったってことか……ミクオも言ってるけど、どうして授業中寝てるのにこんなに成績良いのか不思議でたまんないわ」
「ミクーッ! ミクと2人で勉強した英語、90点だった! 前回あんなに悪かったのに! 褒めて褒めてっ」
「スゴイネ」
「やったー! ほめられた!!」
(それで良いんだ……)←リン・レン
「男なら100点目指しなさいよね、まったく」
「……あ、そういえば私、ミクオの成績見たこと無いなあ」
「あれ、そうなの?」
「うん。ねえミクオ見せて!」
「いいよ。はい」
「私とどっちが悪いかなーっと……って、え……? ええっ、学年で20番!?」
「むかつくことに、ミクオ勉強したら出来るのよ。普段はしないから悪いけど、今回はちゃんと勉強したから良かったみたい」
「愛の力は偉大だ!」
「勝手に言ってれば」
「…………リン、だいじょうぶ? おーい」
「………………………………」
「……へんじがない。ただのしかばねのようだ」
「……鏡音くん、リンちゃんで遊ばないでくれる?」
10.10.05
ちなみにリンは数学70点でした。今までの数学の成績から考えると奇跡的な数字。(ミク談)
しとしとと梅雨の長い雨が続くある日のこと。ミクオの呻くような言葉にレンは顔を上げた。
「何が?」
「何がってお前……期末テストまであと1週間だぞ」
「そうだけど」
「そうだけど? オイ聞いたかみんな! ……そうだけど(キリッ)ですって! ああ怖い! やっぱり秀才は僕たち底辺と言うことが違うよね!」
「そんなこと言ってる暇あるなら勉強すれば良いんじゃないの」
「……ところでレンくん、さっきから何してるの?」
「テスト勉強」
「ちょwwwwテメっツラ貸せゴルァアアア!」
クラスにいる生徒の注目を一身に浴びながらミクオが騒いでいるのを見て、ミクは腰に手をあて大きな溜息をついた。
「相変わらず馬鹿やってるわね、ミクオったら……そもそもあんなに騒ぐくらいならもっと早くから勉強始めろって話なのよ。ねえリンちゃん?」
「…………」
同意を求めるように首を傾げるミクから、そっとリンは視線を逸らした。
「…………リンちゃん?」
「…………」
追いかけるように覗き込むミクから、リンは再び視線を逸らす。
「…………」
「…………」
「…………リンちゃん。この間の中間テストの成績、」
「いいい言わないでえっ」
必死の形相でリンはミクの口を手で押さえた。
「私が馬鹿ってレンくんに知られたら、絶対に嫌われる!」
「う、ううん……それはどうかな……」
「ううん、絶対嫌われる! だからそれ以上は言っちゃだめ!」
ミクが言う「それはどうかな」というのは、「普段のリンちゃんの授業態度を知っている鏡音くんなら、リンちゃんの成績はなんとなく把握してるんじゃないかな」という意味だったのだが、優しいミクはその言葉を口にすることなく、そっと心に留めておくことにした。
「それじゃあ勉強するしかないねえ。アレ→(ミクオ)みたいになりたくないでしょ?」
「絶対になりたくない!!!!」
真っ青な顔をしてリンはぶんぶん首を振る。
「よし! それじゃあ決まり。放課後に勉強しましょ。ちょうど今日から部活も休みになるしね」
「でででででも駄目なの私本当になんというか勉強駄目なのきっと死んだ方が良いのそれくらい成績悪いの馬鹿なの死ぬのだから勉強なんて無理っ」
リンは文系教科ならば人並に出来るが、理系教科が滅法苦手で、数学は特に壊滅的な成績だった。数学の小テストは追試常連。中間テストの点数は、自然数ですらなかったというから困りものだ。それを知っているミクは、青い顔をしてすがりつくリンを見下ろして苦笑するしかなかった。
「う、ううーん……そう言われてもなあ」
「鏡音」
その時、どこからともなく現れたメイコ先生が、背後からぽん、とミクとリンの肩を叩いた。
「期末テストで、またとんでもない成績とったら部活禁止ね」
え、と2人の顔が凍りついた。
メイコ先生は仲良く石化した2人ににっこりと笑いかけ、何事もなかったかのように「帰りのホームルーム始めるわよー」とその場を立ち去る。
「そっそんな……! どうしようミクちゃ……」
リンは泣きそうになりながらミクを振り返り、そして凍りついた。
そこには見る者が震えあがるような恐ろしい笑顔をしたミクが立っていたのだ。
「み、みっ、ミクちゃん、私……」
「勉強、するわよねえ? リンちゃん?」
有無を言わせぬ迫力で首を傾げるミクに、リンはがくがくと頷くしかなかった。
そして30分後。第1図書館にリンとミクはいた。
2人の通う学校には図書館が2つあり、新しくつくられた方が第2図書館、古い方が第1図書館と呼ばれている。生徒のほとんどは第2図書館を利用しており、この第1図書館は専らテスト期間前の生徒の自習室として使われる。
現に、リンとミクがHRを終えて図書館へやって来た時には、すでに数人の生徒が勉強を始めていた。
「おお、やっぱりいるね」
「うん……あっ、あれ」
「ん? ……げっ」
ミクが思いきり顔をしかめたのと、窓際の席を陣取っていたミクオが入り口に立っている2人に気付いたのはほぼ同時だった。張りつめていた空気をぶち壊す歓声が図書館に響いた。
「あ――――――っ、ミクっ! マイえんじぇぅミクじゃないか!」
「今すぐに黙らないと殺すわよ」
「なになに、2人もテスト勉強?」
スキップでもしそうな足取りでこちらにやって来たミクオにむかって、ミクはむっつりとした表情で答えた。
「そのつもりだったけど……ミクオがいるなら別のところにするわ。うるさそうだし」
「そんなつれないこと言うなよ! オレ、ミクが教えてくれれば100点だってとれそう!」
「ハイハイワロスワロス」
「つんけんするミクまじ萌え! ハアハア(*´Д`)」
「ミクオそろそろ黙らないと本気で殺されるよ……」
ミクはもちろん、自習していた生徒たちの殺意を感じとり、リンは一応忠告しておく。
「いや、でもさ、冗談抜きで一緒に勉強しようよ」
「嫌よ。私たちになんのメリットも無いもの」
ミクオの提案をミクはぴしゃりと跳ねのけた。しかしミクオは「ちっちっち」と人差し指を振って、にやりと口角を上げた。
「いやいや。それがあるんですなー。きっとそれを知ったらミクも頷かざるをえないだろう」
「?」
「そんな口から出まかせ言って、騙そうったってそうはいかないわよ」
「本当だってー。あ、ほらほら」
「……なにしてんの」
突然背後から聞こえてきた声に、リンのリボンが、うさぎの耳のようにぴっとたった。勢いよく振り返ると、そこには。
「……ここ、図書館だから静かにしなよ」
「――――れっ、」
絶叫するのを敏感に察知したミクが光の速さでリンの口を押さえたため、彼女の歓喜の叫びは「れ」までしか発せられることは無かった。
ミクオはがっしりとレンの肩を抱いて満面の笑みを浮かべた。
「遅かったなーレン!」
「職員室に用があった……ところで初音さんたちと一緒に勉強することになったの?」
「まーな!」
力強く答えて、リンの口を押さえたままのミクを振り返る。
「ね? メリット。あるだろ」
そう言ってウインクするミクオに、ミクは不承不承といった様子で溜息をついた。
「……まあ。これなら仕方ないわね」
「やたっ」
「……なんの話?」
「なんでもない」
意味がわからない、という風に首を傾げたレンに、ミクとミクオは声を揃えてこう答えた。そしてふがふがと暴れていたリンも、ようやくミクの手から抜け出した。
「れっ、れれれれレンくんっ」
「なに?」
「おっ…………、お……はようございます……」
「もう夕方だけど……」
「はいはいストップストップ」
ぱんぱんとミクは手を鳴らすと、リンに向かってぴっと人差し指を立てた。
「今日は。勉強するのよ。いい、リンちゃん?」
「……はい」
現実に引き戻されながらも、レンと一緒に勉強できるなら俄然やる気が湧いてくるリンであった。
「ミクちゃん、わたし、もうだめかも……」
「2分前のやる気はどこへ行った」
リンは机に突っ伏して地を這うような声を出す。
「だって……数学本当、無理……」
「無理じゃない。ほら、どこがわかんないの?」
「ミク! オレもわかんない!」
「ミクオは黙って――――」
そこでミクは不意に喋るのを止めた。ちらりと向かい側で黙々と問題を解くレンを見やり、そして先程のミクオとよく似た笑みをにやりと口元に浮かべた。
「オーケーミクオ、私が教えてあげる」
「えっ」
「なによ、ミクオから教えてって言ったんでしょ。なにか問題ある?」
「大丈夫だ、問題無い」
「それなら良し」
「ねえちょっとレンくん聞いた!? ミクがついにデレたよ!」
「良かったね」
「み、ミクちゃん私を見捨てるのっ?」
涙を浮かべてすがりつくリンに、ミクはにっこりと笑いかけた。
「だから鏡音くん、リンちゃんに数学教えてくれない?」
「へ……」
「いいよ」
「へええええっ!?」
危うく椅子から転げ落ちそうになりながら、リンは素っ頓狂な声を出した。ミクは天使のような笑顔を浮かべ手早く筆記用具とノートをまとめた。
「じゃあ私とミクオはしばらくあっちで勉強するから。行こ、ミクオ」
「今日のミク、何か大胆で、オレ照れちゃう……」
「ハイハイワロスワロス」
「ちょっと待ってミクちゃ、」
リンの制止の声も華麗にスル―して、ミクはミクオを引き連れて颯爽と席を立ってしまった。そして、その場にぽつんとリンとレンだけが残される。
どうしよう、とリンは小さく呟いた。
(レンくんが目の前にいて、しかも、ふ、2人きり)
リンの顔がみるみるうちに赤くなった。恐る恐る顔を上げれば、レンがこちらを見ていて、途端リンの頭からぼんっと煙が噴き出した。
「あの、あのあのあの、レンくん、あの」
「どこがわかんないの?」
「わ、わか、わかわかわか」
「……和歌? 数学じゃなかったっけ……」
「えっ、えっと、えと、えと」
「……江戸……?」
「あの子たち大丈夫かなあ……」
2人のやり取りをこっそり見守りながら、ミクは頭を抱えた。
「で、ここでさっきの法則を使う」
「……どの法則?」
「さっき説明した法則だよ。教科書の……ほらココ」
レンが指差した先を見て、ああ、とリンは手を打つ。
「ちゃんと法則覚えなくちゃ、リン」
きゅん、と胸が疼いて、リンは小さく息を呑んだ。
初めてレンに名前を呼ばれてからもう2週間も経つのに、いまだに名前を呼ばれるたびにリンの胸は小さく高鳴る。
レンの声が紡ぐリンという言葉はまるで自分の名前じゃないように感じられて、むずむずと心をくすぐられているような気持ちになるのだ。
「こういう法則は覚えるしかないんだよ。覚えればあとは簡単だから」
「う、うん。わかった」
「じゃあ次の問題」
レンが向かい側に座るリンの方にすっと身を乗り出して、リンの心臓が一際大きく鳴った。
「これも同じでこの法則を使う」
レンの声が耳のすぐそばで響いて、リンの心臓の鼓動はどんどん加速していく。さら、と視界の端でレンの髪が揺れた。
(も、もうだめっ、しんぞうがばくはつするっ!)
「レ、レンくんっ! 私そのっ、もが」
リンは最後まで言うことが出来なかった。
少しだけ顔をしかめたレンに、掌で口を覆われていたから。
「……あとリン。ちょっと静かにしなよ。ここ図書館」
しかしもはやレンの言葉はリンの耳に入っていなかった。
(レンくんの手が)
(わたしの)
(くち、に)
どかん、と小さな爆発音が図書館に響いた。
30分後。
ようやく平静を取り戻したリンは、再び問題集に向き合っていた。
うんうん唸りながらも、合間合間にレンがアドバイスをしてなんとか解き進めている。
「はああ……レンくんはすごいなあ……こんな難しい問題がわかっちゃうんだから」
「オレじゃなくても解ける人はいっぱいいるよ。初音さんだって頭良いし」
「うん。ミクちゃんもすごい。でもレンくんもすごい」
リンは目を細め、でも、と続ける。
「ミクちゃんとレンくんがすごいのは、出来て当たり前っていう周りの声に負けないところだと思う」
レンはきょとんとして、首を傾げる。リンはくるくるとシャーペンを回しながら、えへへ、と苦笑いを浮かべた。
「だって私がミクちゃんだったら周りからあんなに凄いね凄いねって言われたらすごくプレッシャーだもん。期待に応えられなかったらどうしようって、テストのたびに思っちゃうんだろうな。2人の場合、勉強だけじゃなくて部活とかもそうでしょ? “何でも”出来て当たり前」
霧のような雨の音が、静かな図書館を満たしていた。レンは何も言わない。ただじっと、リンの小さな声に耳を傾けている。
「私なんかは得意なこととかほとんどないから、感想文とかが入選しただけでも、すっごくお母さんとか褒めてくれるの。でももしこれがミクちゃんだったら、入選くらいじゃ褒めてもらえないのかもしれないなあ、なんて思って。それでちょっと悲しくなるんだよね。だけどちっとも弱音吐かないから、ミクちゃんはすごいなあって思う。それはレンくんも同じ。2人とも、すごいよね」
そう言ってリンはにっこりと笑った。レンは僅かに目を伏せて、そして「問題集の続き」とだけ言った。
「あ……そうでした。ごめんねいきなりペラペラしゃべっちゃって」
あはは、とリンは顔を赤くして頭をかいた。誤魔化すように「よーしがんばるぞ!」と意気込んで再び問題集にシャーペンを走らせる。そんなリンを、レンは静かに見つめていた。
それからしばらくして、ミクとミクオが戻って来た。
「たっだいまー。どう、少しは数学はかどった?」
「うんっ」
ミクの後ろから、よろよろとやつれたミクオが現れる。
「やべーレン……オレ死ぬ……軽く2回は地獄を見たわ……」
「よかったな」
「私の指導を受けられただけでも感謝しなさいよね」
「ミクさんマジ小悪魔……」
「じゃあ休憩がてら飲み物買ってくるね。付き合ってもらったお礼にみんなの分も買ってくるよ」
「あ、じゃあオレも行く! 自分の分とミクの分はオレが払うよ」
ぱたぱたと慌ただしくリンとミクオが図書館から出ていく。それを見送ってから、さて、とミクはレンを見た。
「なんか変な爆発音がしたけど、鏡音くん今度はリンちゃんに何したわけ?」
「いや……オレは何もしてないんだけど……なんか定期的に、リンが勝手に爆発する……」
本当にわかっていない様子のレンに、ミクはがっくりとうなだれた。ちょっとずれた友人と、恐ろしく鈍い彼の距離が少しでも近づくようにと気をまわしてみたのだが、どうやらあまり効果は無かったようだ。
「そういう初音さんこそミクオに何したの? 拷問?」
「この上なく優しく英語を教えてあげただけです。それにしても……はーあ、前途多難ね」
「なにが?」
「なんでもないっ」
ミクは頬に手をあて憂鬱そうに溜息をついた。そんな彼女を見やったあと、レンはリンが立ち去っていった方角を見つめた。
「リンってさ」
「うん?」
「ちょっと変だなあと思ってたけど、違った」
「――――え、」
「すごく変だった」
「……………………は?」
言葉の意図がつかめずにミクは目を丸くしたが、レンはそれ以上何も言う気は無いようで再び口を閉ざしてしまった。
あんたが言うな、という言葉が思わず出かかったが、閉め忘れられたドアをぼんやりと見るレンの目が、少し楽しそうに見えたから、
(…………なにも言わないでおこっと)
くすっとミクは微笑んだ。親友の恋の行方に、小さな灯が見えたような気がした。
「……あ。ねえ、そういえば鏡音くんに訊きたかったんだけど」
「なに?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、ミクはレンを覗き込む。
「他の女子はみんな名字で呼ぶのに、なんでリンちゃんだけ名前で、しかも呼び捨てなの?」
レンはきょとんとしてぱちぱちと何度か瞬きを繰り返した。
そして、うーんと小さく唸って、一言。
「……なんでだろう?」
2週間後、教室では無事に悲惨な成績を免れることが出来たリンの姿があった。
長い梅雨が明け、空には白い入道雲と太陽が眩しく光っている。
夏休みは、すぐそこだ。
10.10.05
ようやくラブコメらしくなってきました。
【オマケ】
「やったー! ミクちゃんっ、成績上がったよう! これで無事部活が出来るよう!」
「良かったねえリンちゃん!」
「これもぎりぎりまで勉強に付き合ってくれたミクちゃんのおかげ!」
「いいのいいのー。あ、鏡音くん! テストどうだった?」
「いつもと同じ……」
「ってことは良かったってことか……ミクオも言ってるけど、どうして授業中寝てるのにこんなに成績良いのか不思議でたまんないわ」
「ミクーッ! ミクと2人で勉強した英語、90点だった! 前回あんなに悪かったのに! 褒めて褒めてっ」
「スゴイネ」
「やったー! ほめられた!!」
(それで良いんだ……)←リン・レン
「男なら100点目指しなさいよね、まったく」
「……あ、そういえば私、ミクオの成績見たこと無いなあ」
「あれ、そうなの?」
「うん。ねえミクオ見せて!」
「いいよ。はい」
「私とどっちが悪いかなーっと……って、え……? ええっ、学年で20番!?」
「むかつくことに、ミクオ勉強したら出来るのよ。普段はしないから悪いけど、今回はちゃんと勉強したから良かったみたい」
「愛の力は偉大だ!」
「勝手に言ってれば」
「…………リン、だいじょうぶ? おーい」
「………………………………」
「……へんじがない。ただのしかばねのようだ」
「……鏡音くん、リンちゃんで遊ばないでくれる?」
10.10.05
ちなみにリンは数学70点でした。今までの数学の成績から考えると奇跡的な数字。(ミク談)
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