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ささめさんのお誕生日リクエストにお答えして。素敵なリクエストありがとうございました。
片思い大好きです。両片思いも大好きです。それが鏡音だったら大大大好きです。

 聞き覚えのある歌声にレンは顔をあげた。
 マスターに頼まれていた買い物を終えて家路についていたレンは、その場でふと足を止める。よく耳をすませるとやはりどこからか歌声がする。そしてそれは間違いなく鏡音リンの――――それも自身の片割れである鏡音リンの声に違いなかった。
 辺りを見回しつつ声を手掛かりにレンはリンの姿を探す。ゆったりとした足取りはいつの間にか早足に変わっていた。夕食の材料の詰まった買い物袋をがさがさと鳴らし、マフラーをおさえ冬の街に静かに響くその音を辿る。
「あ」
 見つけた。
 白い息を吐きながら公園の入り口でレンは足を止める。予想は正しく、ジャングルジムのてっぺんに腰かけて歌っていたのは間違いなくレンの片割れのリンだった。こちらに背中を向けているが、首に巻かれた白いマフラーは以前マスターが2人にお揃いで買い与えてくれたものだ。その証拠に、全く同じマフラーをレンも首に巻いてる。しかしそこまで確認してもなお、レンが声をかけられないのは彼女の歌のせいだった。
 聴いたことの無い歌だった。昨日マスターに新しい曲を貰ったと言っていたが、今歌っている歌がそうなのかもしれない。凍えるように冷たい空気を震わせて、リンは静かに歌っていた。普段のリンが世界中に届けと言わんばかりの歌い方ならば、今はまるで誰かに囁いているような歌い方だ。レンの知っている明るくて力いっぱい歌っているリンとはまるで違う。いつもはレンを安心させて勇気づけてくれるリンの声も、どうしてか心をざわつかせる。物悲しい旋律は胸の奥にそっと触れてくる。
(誰のために、歌っているんだろう)
 ふと投げかけられた疑問はレンの心に大きな波紋をつくった。ざわりと波立った感情は体を揺さぶる。気が付くとレンは一歩踏み出していた。
「……リン!」
 歌声が途切れた。金髪が揺れて、リンが振り向いた。驚きに目を瞠った表情にさっと動揺が走ったが、すぐさまそれをかき消すようにリンはぎこちない笑みを浮かべた。まるで見られたくないものを見られたような態度だ。レンの中の波紋はますます大きくなり、自然と口調が刺々しくなった。
「何してんの? こんなところで」
「あ、あの、マスターとのレッスンが終わって……ちょっと歌い足りなくて」
 嘘じゃない。でも本当のことでもないだろう。
 あと1、2メートルというところでレンは足を止めた。とりあえずリンの歌声が止んだことに安心しながらも、レンの心はささくれ立ったままだ。買い物袋を握った手に力がこもる。
 変容しつつある自分の感情。この感情をありのままリンにぶつけたいと思う。だけどそんなことをすればどんな結果であろうと今の関係は崩れてしまう。それに、拒絶されてしまったら自分の心は壊れてしまうんじゃないだろうか。ボーカロイドの心がどこまで頑丈につくられているのかは知らないけれど、そんな結末は考えたくない。
「……どうしたの? レン」
 不思議そうにこちらを見下ろすリンの顔をレンは見つめた。この表情はよく知っている。だけど、さっきまでのリンはレンの知らないリンだ。それが悔しくて、寂しくてへそを曲げているだなんて知ったら、一体どんな反応を返すだろう。
 以前は何も言葉にしなくても互いの気持ちは通じ合っていた。澄んだ海の底を見るように簡単に心の奥を覗き込むことが出来た。だけど今は、どんなに目を凝らしてもリンの心はぼんやりと霞みがかっている。霞がいつか濃い霧になって、そのままリンの姿を覆い隠してしまうのではないかとレンは時折不安になる。だから見失ってしまわないように言葉にするしかない。しかし自分の気持ちを言葉にするのはひどく難しくて、そうやってもたついている間にリンを覆う霞はどんどん深くなっていく。
 怖い。だから傍に居たい。いつの間にか見失ってしまうなんてことがないようにしっかりとリンの手を掴んでいたい。
「……何でもない。それより、リンの隣、行っていい?」
 リンはジャングルジムのてっぺんからじっとレンを見下ろした。唇を引き結び真剣な表情で見上げるレンにリンは小さく吹き出す。
「何でわざわざそんなこと訊くの?」
「え……いや、だってさ」
「いいよ」
 リンは顔をほころばせ隣をぽんぽんと叩いた。
「私もレンといっしょに居たいなって思ってたから」
 レンはほっと安堵してから、足元に買い物袋を置いてジャングルジムによじ登る。リンの隣に腰かけた時、ふとリンの指が寒さで赤くなっていることに気付いた。随分と長い時間、外にいたのだろう。何か無いかと咄嗟にポケットを探ったが、こういう時に限って手袋もカイロも持ってきていない。その時、レンの脳裏を過ぎったものがあった。最近リンと一緒に見た恋愛ドラマのワンシーンで、主人公の男が恋人の指を掴んで自分のポケットに入れるのだ。
 思い付いて、しかしその考えはすぐに打ち消す。そんな気障な真似、出来っこない。
 だが、痛々しいリンの指を見ていると、いつまでもつまらない意地を張っていられなくなる。レンの胸中で様々な感情が渦巻いた。
 手を繋ぐことなんて珍しいことじゃない。いつも通り、自然に繋げば良い。何も後ろめたいことなんて無いんだから――――。
 レンはごくりと唾を飲み込み、傍らにあるリンの指に恐る恐る手を伸ばした。そして、
「そういえばレンは何してたの?」
 不意にリンがこちらを向いた。レンはわっと小さく悲鳴をあげて思わず伸ばしかけた指を引っ込める。もちろんレンがどんな葛藤を繰り広げていたのかを知らないリンは、思いがけない片割れの反応に目を丸くさせた後、訝しげな表情を浮かべた。
「……なんか今日のレン、いつもと違うし何か変。どうかしたの?」
「いや、ちょっと、その、ぼーっとしてたから……!」
「ふうーん?」
 リンは明らかに納得していない様子だ。レンは慌てて話を逸らした。
「本当に何でも無いって! それで、何だって?」
「レンは何してたのって訊いたんだけど」
 リンはちらりと地面に置かれた買い物袋を見やった。
「マスターに頼まれてた買い物?」
「あ、うん。そうそう。そしたらリンの声が聞こえたんだ。それを追ってここに辿り着いたんだよ」
 えっ、とリンが小さく息を呑んだ。
「そ、そんなに大きな声だった? 出来るだけ迷惑にならないように小さな声で歌ってたつもりなんだけど」
「あ、大丈夫。近所迷惑にはなってないと思うよ。だけど」
 レンの言葉はそこで途切れ、じっとこちらを見ているリンからふいと視線を逸らした。ほんの少し躊躇うような間があった。そして、
「……だけど、俺、リンの声ならすぐ分かるから」
 リンの瞳が小さく揺れた。風が、2人の白いマフラーをなびかせた。
 そっぽを向いたレンの、頬に差した僅かな赤はリンからは見えなかった。リンはゆっくりと、悲しそうに笑った。明後日の方向を向いたレンがそれに気付くことはない。リンはマフラーをぐいと口元まで引き上げて「そっか」と呟いた。
 少しは伝わった、のだろうか。
 不安と期待をこめてレンは恐る恐るリンを窺った。
「……私たち“鏡音”だもんね」
 その一言は、レンが決死の覚悟で口にした言葉が、思惑通りに伝わらなかったことを示していた。レンは咄嗟に口を開いた。しかし言葉が喉で渋滞して何を言えばいいのか分からない。そして結局諦めと自己嫌悪と一緒に嚥下することになる。隣にいる彼女を取り巻く霞がまた少し、濃くなる。
 違うよ、そうじゃなくて。そうじゃなくて、さ。
 レンは何も言わない。リンも何も言わない。誰の気配も無い公園は物音ひとつ立てない。
 ひどく自分が情けなく、滑稽に感じた。これじゃあ恋愛ドラマどころかコメディードラマだ、とレンは項垂れた。
 画面の向こうで観客は笑っているに違いない。ははは、と大げさな笑い声が聞こえてくる。こんな惨めな主人公じゃ、迎えるエンディングはたかが知れてる。
「ねえレン」
 悶々と自己嫌悪に浸るレンの意識は、リンの呼ぶ声で現実に引き戻される。
「ボーカロイドにはどうして感情があるんだろう」
 質問は唐突だった。
 虚を突かれたレンは「えっ」と間抜けな声を上げた。視線は遠くに投げかけたまま、リンは言葉を続ける。
「私は時々、無かったら良いのにって思うこと、あるよ」
 平坦な口調で語るリンの横顔はやはりレンの不安を煽るものだった。知らない表情がクルリと顔を出し、そしてその度にレンは翻弄されてしまう。
「楽しかったり嬉しかったり、そういうことを感じる時は幸せだなあって思うの。だけど、時々どうしようもなく嫌になる。悲しかったり辛かったり、心がすごく痛くなるとね、私たちが本当に機械だったらこんなこと感じなくて済んだのにって思うの」
 リンは目を細めて笑った。
「ね。変でしょ」
 それが作り笑いだということは、明らかだった。しかしきっとどんなに問い詰めてもそんな風に笑う理由を教えてくれることは無いこともレンは分かっていた。心はきりりと音を立てる。苛立ちと悔しさが胸に迫る。彼女にこんな顔をさせる誰かや何かが憎くて堪らない。自分以外のことで苦しんだり悲しんだりする姿は見たくない。
 だけど今は、勝手な独占欲に振り回されてる場合じゃないのだ。
 レンは探した。自分の知っている言葉をありったけ掻き集めて、リンに伝えたい言葉を探した。自分の言葉の足りなさがどうしようもなく嫌になる。それでも探さずにはいられなかった。
 丁寧に言葉を選びながらレンはゆっくりとリン、と名前を呼ぶ。
「……オレは、そうは思わないよ。確かに嫌なことだっていっぱいあるけどさ、それでも やっぱり心がなきゃ分かんなかったこととか、たくさんあると思うんだ」
 歌がうまく歌えない時は辛いけど、マスターに褒められると嬉しくなる。誰かにひどいことを言われれば傷付くけれど、自分の歌声を好きだと言ってもらえると心が温かくなる。
 そして何より、心が無ければリンのことを、
「……悲しくて、辛くて、痛くても、それでも」

 リンのことを好きだって、思えるから。

 しかしそこから先の言葉は音にならない。
 言え、言うんだ。大切な女の子がこんなに悲しそうな顔をしてるんだから、今言わないでどうするんだ。
 だが、想いとは裏腹にレンの言葉はそこで途切れたままだった。「だから」「その」なんて意味の無い言葉ばかりが口から零れるのに、一番伝えたい言葉は音にならない。ただ一言、言うだけなのに。それだけなのにどうして。
(どうしてあと一歩が踏み出せない)
 そんなレンの様子をじっと見つめていたリンが、不意に空を仰いだ。そして「あっ」と声を漏らした。
「レン、見て! 雪!」
 リンが空を指さしレンは顔をあげた。そして目を小さく見開く。
 灰色の天井からふわふわと降ってくる白いものは間違いなく雪だった。「どーりで寒いわけだよー」とリンはにっこりと笑う。もう暗い面影は浮かべてはいない。さっきまでの憂いをおびた表情は再び隠れてしまっていた。
「……暗くなる前に帰ろっか、レン」
 そう言ってリンは返事も待たずにジャングルジムからおりはじめた。
「……えっ、ちょ、リン」
「ほらほら置いてくよ」
「あっ、待てって!」
 レンは慌ててリンの後を追い遊具からおりる。リンはすでに公園の出口に向かって歩き始めていた。
「レンー買い物袋、忘れちゃ駄目だよー」
「リンじゃないから忘れないっての……」
「レン」
 先を歩いていたリンの足がぴたりと止まり、レンもつられて足を止める。マフラーをふわりと揺らしてリンは振り返った。 
「……ありがとね。レン」
「……俺は何も」
「ううん、いいの。ちゃんと伝わったよ」
 伝わってない、とレンは胸の中で呟く。
(だって俺は伝えてない。リンに伝えたいことを何一つ音に出来ちゃいないのに)
 しかし込み上げてくる反論も、結局レンは押し殺してしまった。ははは、とどこからか笑い声が聞こえる。これがコメディーではなく恋愛ドラマのワンシーンだったら。と、レンは考える。こんなに情けない主人公に嫌気がさして、観客はとっくにチャンネルを変えている頃だろう。
 そしてヒロイン役になるであろうリンは、にっこりとヒロインの名に相応しい笑みを浮かべる。
「ありがとうレン。大好き」
 冬の冷たい空気を震わせて伝わってきた言葉は、レンの心をじわりと温かくした。
 分かってる。リンはそんなつもりで言ったわけじゃない。
 そう言い聞かせても頬は自然と熱を持っていく。
「……俺も、好き、だよ」
 精一杯カッコつけて、レンは絞り出すように言葉を紡いだ。今日何度も言いかけてやめた言葉はようやく音になる。
 だけどこの伝え方は少し卑怯だ、とレンは思った。それに自分が伝えたかった気持ちとは、少し違う。
 しかしそんな葛藤も知るはずもないリンは、屈託なく笑うだけだ。
「レンがリンのこと好きなことくらい知ってるよ」
「……あっそ」
 何の恥じらいもなくあっさりと言いのけるリンが恨めしい。恥ずかしさでリンを見ることが出来ずにレンは早足で逃げるように歩き始める。
「照れちゃってーレンかーわいいー」
「うっせー」
 にやにやと笑うリンを追い越し、見てろよ、とレンはひっそりとリベンジを誓う。
 伝えたい。いつかもっともっと、強くなって。
 リンがもうあんな悲しそうな顔をしないように守れるようになったら。そしたら。
(何の誤魔化しも無い、自分の気持ちをリンに、)
(伝えられたら)




「……知ってるよ。嫌になるくらい」
 リンは小さく呟いた。しかしそれがレンに聞こえることはない。
 前を歩くレンの背中を見つめながら、リンはレンの手が寒さで赤くなっていることに気付いた。思わず手を伸ばそうとして、しかしその手は途中で止まってしまう。伸ばしかけた掌をゆっくりと空に翳し、リンは小さく呟く。
「……まだ届かないかあ」
 リンの掌に落ちた雪は、音も無く水にかえった。リンは両手をポケットにおさめてゆっくりとした足取りでレンの背中を追う。いつもより遠く見える背中。それを見つめるリンの唇はまだ、届くことの無いラブソングを口ずさんでいる。






11.02.01
春はまだ遠く。
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