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長編のミクオ話がどんどん増えてくじゃないですかー!ヤダー!
長編のレンとミクオ。絶対に書こうと思っていた話だったけど、事情があって書かなかったお話。
だったのですが、今回リクエストをもらってこれを書くしかないと思いまして。
高校1年生。秋。
stand by meのあと。white outの数日前。
太陽を反射した指輪の光がオレの目をちくりと刺した。目の前に座る彼女の小指に嵌められたシンプルなシルバーの指輪。秋空の真ん中に居座る太陽の光は、屋上に座るオレと彼女にも平等に降り注ぐ。夏の太陽ほど暴力的ではないが、それでもその鋭さと眩しさに思わず目を細めた。彼女は眩しくないのだろうか。どうしてこうも平然としていられるのかオレには不思議だ。
「レン君?」
首を傾げた彼女の顔が不意に近付いた。真っ黒な瞳が覗き込むようにオレを見る。肩口からさらりと髪が零れ落ちると、香水の甘い匂いが鼻をくすぐった。
「どうしたの? 気分悪い?」
「いや……何でもないよ」
「――――そう……」
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。屋上でオレたちと同じようにたむろしていた生徒たちは、弁当箱や使っていたボールを片付けてぞろぞろと出口に向かい始める。
「帰ろっか」
空になった弁当箱を手にしてオレも立ち上がった。太陽の光がひどく眩しかった。早く校舎に戻りたい。
しかし数歩進んだところでオレは足を止めて後ろを振り向いた。どこか暗い様子で俯いた彼女は座り込んだまま動こうとしない。今度はオレが首を傾げる番だった。教室に向かう生徒の流れに逆らいながら彼女に近付いた。正面に膝をついて、どうしたの、と問いかけるが、彼女は答えなかった。
オレは頭を掻いた。
いつの間にか屋上から人の影は無くなり、残っているのはオレ達だけになってしまっていた。何か機嫌を損ねるようなことを言っただろうかと必死に考える。しかしオレが答えに行きつくよりも早く、彼女が口を開いた。
「レンくん。キスして」
彼女は顔を上げてぐいとオレに顔を寄せた。
「キスして」
「……え、なんで。いきなり」
「恋人同士だから理由なんていらないでしょ。早く」
普段の彼女はどちらかと言えば控えめで、滅多にわがままなんて言わない。突然どうしたのだろうとオレは戸惑った。しかし彼女は「早く」というだけで理由を教えてくれない。
キス。
その単語を胸の内で繰り返した瞬間、金色の髪が脳裏を過ぎった。途端にオレの胸に苦い思いが込み上げてくる。
どうして。
どうして、あいつのことを思い出すんだ。
振り切るようにオレは彼女に手を伸ばした。太陽の光を吸いこんだ髪は熱を持っている。髪に触れ、頬を包む。驚いて首を竦めたものの、彼女はそれ以上は動かなかった。熱っぽい目をしてオレを見上げてから、そっと睫毛を伏せた。
太陽の光が眩しい。甘い匂いが強くなり、くらりと目眩がする。オレは、彼女の唇に近付く。そして、
「チャイム鳴ったよおふたりさん」
頭上から落ちてきた声にオレは動きを止めた。誰もいないと思っていたので驚いたのもあったが、その声がひどく聞き覚えのある声だったからだ。
振り返れば、屋上のドアの上、給水タンクの置かれたスペースで新緑の色をした髪が揺れていた。胡坐をかいて、にこりともせずにオレたちを見下ろしていたのは予想通りの人物だった。
「昼休み終了。さっさと教室戻れば」
素っ気なく、しかし有無を言わせない口調でミクオは短く言った。掌に感じていた熱が、ぱっと遠ざかる。視線を戻すと、耳まで顔を赤くさせた彼女がいた。彼女は素早く弁当の入ったバッグを手にして立ち上がると、逃げるように屋上から立ち去って行った。オレはというと、引き止めもせずに黙ってその背中を見送っただけだった。
薄い雲が太陽を覆い、光が弱くなった。頭をぼんやりとさせる熱も、甘い香りも、もうどこにも感じない。オレはじっと掌を見下ろした。
ふわあ、と大きな欠伸が聞こえてきて顔をあげた。ミクオは給水タンクの後ろ――――屋上から見えない奥の方へのそのそと移動していた。下りる様子は無い。オレは弁当箱と給水タンクを見比べていたが、迷っていたのは本当に短い時間だった。弁当箱はその場に置き去りにしてそこに歩み寄ると、梯子に手をかけた。生徒が上ることは禁止されているし、上ろうと思ったことも無いのでもちろん初めてのことだ。
最後の段を掴みひょこりと顔を出せば、猫のようにごしごしと目を擦り伸びをするミクオが見えた。
「……何、まだ居たんだ。授業始まるよ」
「お前いつもこんなとこに居るの?」
「ここだと見つからないから。でも来るようになったのは最近」
確かにここなら見つからないだろう。風は強いが屋上よりも一段と見晴らしが良い。授業をサボって時間を過ごすにはうってつけの場所だと言える。
ミクオはだらりと足を投げ出してぼんやりと景色を見ていた。何も喋る様子は無い。オレはミクオから少し離れた場所に腰を下ろし、迷った末におずおずと口を開いた。
「あ……ミクオ……その、ありがとな」
「何が?」
「え?」
「何に対してお礼言ってんの?」
問い返されて、視線は自然と掌に移る。確かに、何に対して礼を言ったのだろう。オレと彼女は恋人同士なんだ。キスの邪魔をされたのなら、怒るのが当然のはずなのに。
オレは強張った頬の筋肉を無理矢理動かして笑った。
「……だよな。何が、だろう。何言ってんだ、オレ」
「誤魔化すなよ」
ぴしりと打つような声に、ぴくりと自分の肩が震えるのが分かった。のろのろとミクオに視線を移す。声を荒げているわけでも、険しい顔をしているわけでもなかったが、その目は厳しい色をしてオレを捉えていた。
「別に良いよ。お前が誰とキスしようが誰を傷付けようが俺には本当にどうでもいい。レンの勝手だよ、好きにすれば良い」
だけど、とミクオは声を低くした。
「リンを傷付けるなら話は別」
ひたりと心臓にナイフを押し付けられたようだった。刃のように鋭いミクオの視線から逃れるように顔を逸らした。
「……別に傷付けてねーよ」
「本気で言ってんの? それ」
ミクオの声に含まれた侮蔑にオレは唇を噛む。昔からこういう口調なのだが、それでもその声はいつもよりも冷たく響いた。目を背けていても、刺さるような視線を感じた。心の中を全て読まれてしまうのではないかという錯覚を覚え、ミクオと目を合わせられない。
だけど今更そんなことをしても無駄なのは分かっていた。きっともう、何もかも見透かされているのだろう。
ミクオは誰よりも――――きっと、オレ自身よりも早く、オレの気持ちに気付いていたんだろう。だからこうして容赦無くナイフを突き付けるのだ。
やめてくれよ、と小さく呻いた。
やめてくれよ。もう本当に、嫌なんだよ。逃げたいんだ。何もかも全部投げ出して、楽になりたいんだよ。
レン、とミクオが苛立ちを含んだ声で名前を呼ぶ。うるさいと怒鳴りたいのを堪えてオレは拳を握った。これ以上ミクオの言うことを聞きたくなくて、必死に言葉を吐きだす。
「ていうかさ、リンを傷付けるなとか何カッコつけてんだよ。お前のキャラじゃないよ、きもちわりー。そもそも何でそんなに必死になってんの? まさかミクオ、リンと付き合ってたりするわけ?」
「聞きたい?」
息が止まる。すぐさま否定するか気色ばむと思っていたのに、ミクオは恐ろしく冷静な声でそう言った。含みのある答えに小さく胸がざわめく。必死に動揺を押し隠して「別に」と返した。こんなポーカーフェイスが通じるわけ無いと思いながら。
「……良いんじゃないの。お前ら昔から喧嘩ばっかりしてるけど仲良いし、ミクオならリンのこと大事にしてくれるだろうし……リンも幸せだろ」
口に出して、息が詰まった。自分の言葉が棘になって胸に突き刺さる。
そうだ。そっちの方が、幸せなんだ。
普通に恋愛して、付き合って、大事にしてもらって。それが幸せに決まってる。そんなこと、分かりきったことだろ。
俯くと地面に落ちたオレの影が目に入る。オレのありのままをかたどったその形さえ、ぐにゃりと歪んで見える。そしていつかのように囁いてくる。
――――お前は怖いんだ。
そうだ。オレは怖がってる。だから逃げ出したんだ。だけどそのことを誰にも責められる謂れなんて無い。これが一番、正しい方法なんだから。
こうすれば一番、リンが幸せになれるんだから。
「……リンのことを大事に、ね」
ミクオは呟いた。意味深な響きにオレは顔を上げる。ミクオは小さく首を傾げて「今まで黙ってたけど」と切りだした。
「俺、この間リンを無理矢理押し倒した」
は、と意味の無い音が小さく口から漏れた。
一瞬、言ってる意味が分からなかった。
まるで、なんてこと無い話のように。
まるで、世間話をするかのように。
ミクオは、ぺらぺらと、饒舌に、語りだす。
「やっぱり俺も男だからソウイウ気分になる時ってあるだろ。それでたまたまリンがいたからつい手が出ちゃったんだよ。何だかんだ言いつつもリンって可愛い顔してるし、暴れてもやっぱり女だから簡単に押し倒せてさ。リンは馬鹿だからこれから俺が何するつもりなのか全然分かってなくて、ぽかーんて間抜け面して俺を見上げてて。手首は折れちゃいそうなくらい細くて、たいして力入れてないのにどんなに暴れても簡単に押さえつけられるんだよ。あんなんでもやっぱり女なんだよなあ。嫌だ嫌だってガキみたいにぼろぼろ泣いててさあ、悪いとは思ったけどなんていうか加虐心をそそるってああいうことを言うんだろうな。罪悪感よりも、もっと傷付けて酷いことしたいっていう欲望が勝つんだから、男って嫌な生き物だよホント」
ミクオはそこで言葉を切った。唇に酷薄な笑みを乗っけて、石のように動かなくなったオレに向かって小さく顔を傾けた。
「そこから先のこと、聞きたい?」
答えられなかった。
ただひたすら、ミクオの言葉が頭の中で鳴り響いていた。どくどくと耳元で自分の血が駆け巡る音がする。周りの景色も、音も急速に遠ざかって行く。
「ふーん、何も聞いてないんだな。そりゃそうだよなあー。ずーっと信頼してた幼馴染にあんなことされたなんてレンに言えるわけ」
気付いたら、ミクオを引きずり倒していた。
倒れた体に馬乗りになってぐいと胸倉を引き寄せる。
シャツを掴んだ指が震えていた。ミクオは小さく顔を顰めた。
「……なにキレてんの。痛いんだけど」
「ミクオ、お前何したか分かってんのかよ!」
どこまでも平静とした態度のミクオに怒りが爆発した。左手が、目の前の作り物のように整った顔を殴り飛ばしてしまいそうだった。
いや、何を躊躇う必要がある。殴ってしまえ。殺してしまえ。殺してしまいたい。
今すぐ、目の前のこいつを殺してしまいたい。
ミクオは抵抗することも、怯えることも無かった。ただ観察するようにじっとオレの顔を見て、そして静かに口を開いた。
「リンのことを一番傷付けてるのはお前のくせに、他の誰かが傷付けるのは許せないんだな」
体が強張る。ミクオの瞳は揺るがない。
オレは何か言い返そうと口を開いたが、何の言葉も見つからなかった。悔しさに歯を食いしばり、ミクオから目を背ける。結局いつもこうして逃げることしか出来ない。しかしミクオはそれを許さないとでも言うように、シャツを握った腕を掴んだ。
「レン」
「…………」
「もしリンを傷付けてる自覚が無いんなら、お前もう駄目だよ。救いようがないくらいの馬鹿だね。今すぐここから飛び降りて死んだ方が良い」
容赦無い言葉に怒りは湧かなかった。「ホントにな」とオレは胸の内で自嘲してみる。
ミクオ、お前の言う通りだ。本当にそう思うよ。分からないんだ。どうすれば良いのか。何に縋れば良いのか、何を信じて良いのかが分からない。傷付けたくないのに、何をやってもリンを傷付けてしまう。苦しくて堪らなくて逃げ出したいのに、もがけばもがくほどに泥の中に沈んでいく。
――――それならいっそ、死んでしまえたら楽なのに。
「だけど」とミクオは続けた。「その言葉を真に受けて本当にリンを置いて死んだらお前は本物の大馬鹿だ」
オレの手を掴んだ腕に、ぎりっと力がこもった。指が食い込む程に強い力だった。それと同時にずきんと鈍い痛みが襲う。だけどそれは、掴まれた腕の方じゃない。息が苦しくなるほどの痛みは涙腺を刺激する。オレは歯を食いしばって顔を歪めた。
「……どうしろってんだよ」
「知らねーよ、自分で考えろ。それから怒り心頭なところ悪いけど、俺、リンを押し倒しはしたけど何も手出してないから」
「……は」
「押し倒してキスしようとしたらグーパンチ飛んできて、そのまま逃げられた。そういうとこリンが強いよなあ。お前、今殴らなかったじゃん」
ミクオはそう言って唖然としているオレの胸をぐいと押し返した。
「ていうかそろそろどけ。いくらお前が美形でも俺にそういう趣味は無い」
そこでようやくミクオの胸倉を掴んだままだったことを思い出した。オレは慌てて手を離し、ミクオからも身を離した。確かに傍から見ると、妙な誤解を生みかねない光景だ。
ミクオは上半身を起こすとぱたぱたと制服をはたいた。張りつめていた糸がぷつりと切れて体中から力が抜けた。崩れ落ちるようにミクオの隣にへたりこむ。安堵と一緒にどっと疲れが押し寄せて、深く息を吐いた。喉がからからに乾いていた。
「びっくりした?」
からかうようなミクオの声に怒りがこみ上げたが、すぐにそれは脱力感に変わった。オレは素直に頷いた。
「……したよ、そりゃ」
「でも、理由はどうあれ泣いてたのは本当。アイツの泣き顔全然可愛くなくて、ホント見れたもんじゃねーよ。それはレンが一番知ってるだろ」
ごつん、とミクオがオレの頭を小突いた。
結構痛い。
「だからあんまりリン泣かすな。お前もリンも馬鹿なのに難しく考え過ぎなんだよ。馬鹿は馬鹿なりにシンプルに考えて、回りくどいことしないで素直に行動すれば良いんじゃないの」
ミクオはふと睫毛を伏せ、小さく付け加えた。
「心配しなくても、お前らは離れられない。それは俺が一番知ってる」
ミクオに小突かれたところを押さえたまま、オレはしばらく考えた。そして尋ねる。
「……それって、もしかしてアドバイス?」
「好きなように解釈すれば」
ミクオはそっけない口調でそう言ってから「あーあ」と大袈裟な溜息を吐いた。後ろに手をついて空を仰ぐ。眩しそうに目を細めて、それでもじっと空を見つめていた。やがて独り言のように小さな声で呟いた。
「……3人の絆に縋り付いてたのは、俺の方かもな」
それは本当に微かな声だった。ミクオは自嘲するように笑っていたが、その横顔はどこか寂しげだった。そしてオレはようやくミクオの心に気付いた。いや、本当は少し気付いていたのだ。ただ、それを気にかける余裕がオレには無かっただけで。それ位ずっとオレは子供で、やっぱり馬鹿だったんだろう。
そしてその間ミクオはずっと、オレとリンと、そしてミクオ自身の気持ちを一人で抱え込んでいたのかもしれなかった。
多分ミクオは。
ずっと昔から、
リンのことを――――
「……まったく、優しい優しい幼馴染を持ってレンは幸せ者だよなあ」
茶化すようなミクオの言葉に「そうだな」と呟いた。
それだけは、嘘でも否定出来なかった。
きっとミクオはそう言いながら、自分が優しいなんてこれっぽっちも思っていないんだろう。だけどもしお前が、オレとリンが離れられないことを一番知っているって言うんなら、ミクオ。お前が優しい奴だってことは、オレが一番知ってるよ。意地悪でぶっきらぼうで不器用で、だけど無茶苦茶優しい奴だということを、オレはずっと前から知っている。
チャイムが鳴った。5限目の開始を告げるチャイムだ。オレとミクオは顔を見合わせた。
「授業始まったな」
「……だな」
「ミクオ、お前どうする?」
「めんどいからサボる」
「……じゃあ、オレもそうしようかな」
ミクオは少し目を瞠って、そしてにやりと悪戯っぽい子供のような笑みを浮かべた。
「おいおい良いのかレンくん。天才型の俺と違って、努力型の君は授業をさぼると追いつくのが大変だぞ」
「自分で天才とか言うかフツー」
「言うね。その上お前よりも美形だ。中学の時は俺が断然モテてたし」
「そうだっけ」
「うわー出た出た。お前のそういうストイック気取るとこホンットにムカツク。レンは知らないと思うけど、一回リンと喧嘩になったんだぞ。俺とお前どっちがモテるかで」
「何だソレ」
「ホントだよ。何でリンが対抗するんだよって話だよなー」
オレは笑った。ミクオも笑っていた。こんな風に笑いあうのは、随分久しぶりだった。
なあミクオ、昔話をたくさんしよう。覚えてることを全部話して、失くしたことを思い出して、今だけは何もかも忘れて思い出に触れよう。
そうしたらもう、逃げずに歩いて行くから。
だからオレからお前への最後のわがままに付き合って欲しいんだ。
降り注ぐ太陽の光は不思議ともう眩しくはなかった。宝石のような思い出も褪せた色をした思い出も全部取り出して、オレたちは昔話をする。
水彩のように透明な青空を背に笑っているのは、世界で一番優しいオレの幼馴染だ。
11.03.04
三流役者に盛大な拍手を!