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某さんの誕生日に捧げます。

両親を亡くして行くあてのないJKリンちゃんを引き取った10歳の年の差の若旦那レンという設定に、私の好きな要素を勝手に盛り込んだ二次二次創作です。
私が勝手に考えた設定で某さん公式じゃないからあしからず。

書いていて、なんと美味しい設定なんだろうと改めて感動しました。

 庭の花壇に咲いた白い花は雨粒にうたれ、うなだれた花弁からぽたぽたとしずくを落としていた。それをじっと見つめる喪服姿の少女の後ろ姿。レンは名前を呼ぼうとして、まだ名前を知らないことに気付いた。どう声をかけようか考えた末、結局レンはなにも言わずに、縁側に座りこんだ少女のとなりに腰をおろした。少女は微動だにしなかった。
 幼い丸みをおびた輪郭。赤く腫れたまぶたの下からのぞく青い瞳に、むじゃきな光は宿っていない。レンは線香と雨のにおいが混ざりあった縁側で、軒先から落ちるしずくが地面ではじける音に耳をすましていた。空気はひどくつめたく、制服の裾からすべりこんだ冷気にレンは小さく身を震わせた。
 客間から、女性のヒステリックな声が響いた。少女はわずかに首を動かした。そしてまた、庭へと視線を戻す。
「わたし、どこにいくの」
 か細い声に、レンは少女を見た。彼女の視線は庭の花に注がれたままだった。
 このままだと少女は、彼女の従兄の家に預けられることになる。さっき聞こえた声はおそらくその家の人間のものだ。彼らがこの小さな女の子を引きとることをどう思っているのかは、話しあいからはじかれたレンでも容易に想像することができた。
 そして多分、この女の子も。
 雨だれが、いくつもいくつも2人の目の前を落ちていった。レンは押し黙ったまま、少女の横顔を見つめていた。すきとおるような青白い肌。金色の髪が、喪服に包まれた少女の小さな肩の上でゆらりとゆれた。
「わたしどこにもいきたくない。おかあさんとおとうさんのところにいきたい」
 それはつめたい雨の音にかき消されそうな声だった。
 白い花の花弁が、一枚音もなく散った。その瞬間をとらえた青い瞳が、小さくゆれた。薄い唇がわずかに動いた。なにを口にしたのかは聞こえない。少女は眠りに落ちる直前のように、瞼をゆっくりとおろした。
「だめだよ」
 ぐっと。
 レンの手が、少女の細い手首をつかんでいた。
 少女は目を見開いて、初めてレンを見た。
「残念だけど、君はまだ、お父さんとお母さんのところには行けないんだ」
「……じゃあ、どこにいくの」
「君は、おれのうちにくるんだ」
 自分の口から出た言葉に、レン自身も驚いた。しかし、すぐにその言葉と考えはしっくりとレンの耳に馴染んだ。そう、この女の子は今から自分の家に来る。きっと最初から決まっていた。彼女の両親とそんな約束を交わした気さえした。
 この子の存在を知ったのは、今日が初めてだというのに。
「君の名前を教えてくれないかな」
「……りん」
「おれの名前はレンだよ、よろしくリン。さあ、それじゃあ行こっか。君がうちに来ることをみんなに言わなくちゃ。それにここは、とっても寒いし」
 手首から手を離して立ちあがると、レンはリンに改めて手を差しだした。リンはじっとそのてのひらを見つめた。人形のように凍りついていた表情が、わずかにゆるんだ。
 リンはうつむいた。
 ぽたりぽたりとしずくが落ちる音が、静かな空気の中で響いた。
 レンは18歳で、リンは8歳だった。時折思いだす。しぐれが世界をつめたく濡らしていた冬の日を。




「で、いつになったら手ぇ出してくるんですかレンさん」
 あの日と変わらない青い瞳が、あの日よりも強い光を宿してこちらを見ている。ああ、あの頃は可愛かった、とどこかの父親が呟いていそうな台詞が、レンの頭をよぎった。
「私今をときめくJKですよ? 男共が群がるブランド的存在ですよ?」
「……リンさん、若い女の子がそんなこと言うもんじゃありませんよ」
「まさかレンさんってホモ……」
「嫌な誤解をしないで下さい!」
「朝からなかよしですわねえ」
 従業員兼、家政婦をこなしているルカが、レンの茶碗にご飯をよそいながら呟いた。テーブルに両手をついて身を乗りだしていたリンは唇を尖らせてどさりと椅子に座る。
「だってルカさん。こんな可愛い女の子が毎日毎日誘惑しているのに手をださないっておかしくないですか? ホモじゃなかったらなんだっていうんです」
「ああ。わたくし、わかってしまいましたわリンちゃん。きっと若旦那は日本人によく見られる二次元にしか興味がないという……」
「違います。やめてくださいルカさん」
「あら違うんですの?」
 ごめんなさい、と首を傾げる彼女にまるで悪意を感じないのが逆に恐ろしい。レンはルカから茶碗を受けとりながら、ため息をついた。
「リンさんもです。朝からそんな話題を口にするのはやめてください」
「じゃあ夕飯の時ならいいですか?」
「だめです。もうこの話題は禁止です」
「そんなのおかしいです。納得できません」
「納得しなくてけっこうです。とにかく禁止です」
「レンさんが禁止してもわたしはそんな決めごと守るつもりはないのでどうぞご勝手に」
「いつからそんなわがままな子になったんですか」
「レンさんこそいつからそんな父親みたいなことを言うようになったんですか。じじくさいですよ」
「じっ……!」
「朝からなかよしですわねえ」
 睨みあうリンとレンを、ルカは仲裁もせずににこにこと眺めている。
「……もういいです。ごちそうさま!」
 リンはつんとそっぽをむくと席を立った。
「今日のところはあきらめます。学校に遅刻しちゃう」
「はいリンちゃん、鞄」
「ありがとう、ルカさん」
「リンさん今日は午後から雨が降るそうですから傘を忘れずに。それから以前も注意しましたがスカートが少し短すぎます。年頃の女の子が素肌をそんなにさらすものじゃ、」
「いってきます!」
 怒りを含んだ声でレンの言葉を遮ると、リンは足音荒く部屋を出ていった。
 玄関の戸が乱暴な音をたててぴしゃりと閉められ、もう少し淑女の振る舞いを身につけるべきだとレンは肩を落とす。
「育て方を間違えたかなあ……」
「若旦那、本当に父親のようですわね」
「えっ」
「おれもそう思います」
「うわっ」
 どこから現れたのか、レンの後ろには従業員のひとりであるミクオが立っていた。
「み、ミクオさんいつからそこに」
「リンちゃんと入れかわりに。まったくあんな可愛いJKの気持ちをもてあそぶなんて、若旦那も罪な人ですね」
「もてあそんでません。人聞きの悪いことを言わないでください」
「じゃあいつまでものらくらかわしてないで、ばっさり切り捨ててあげたほうがいいと思いますけど。そっちの方がお互いのためってもんです」
 当たり前の顔をして食卓についたミクオの前に、ルカはお茶を出した。ありがとうルカさん、と笑うミクオを見ながらレンは無言で箸を運ぶ。のんびりとお茶をすすっていたミクオが、ああそういえば、と声をあげた。
「ここに来る途中、空気が湿っていたように感じたんですけど、もしかして雨が降るんですかねえ」
「天気予報では午後から降るって言ってましたけど」
「ああやっぱり。やだなあ、この時期の雨……しぐれって言うんですか? つめたくて嫌なんスよねえ」
 ミクオの言葉に、つめたい冬の日の光景がレンの頭をよぎった。




 予報通り午後になると空は黒い雲に覆われ始め、1時を過ぎたころには、とうとう雨粒が地面を濡らし始めていた。
「降ってきましたねえー」
 ようやく客足が落ちついた店の中で、ミクオはぽつりと呟いた。
「リンちゃん、お迎えに行かなくて大丈夫なんですか?」
「傘は持って行くように言いましたから」
「あれ? でも、朝すれ違った時、リンちゃん傘持ってなかったですよ」
 え、とレンは声をもらした。
「間違いないですよ。おれ、リンちゃんの頭のてっぺんからつま先まで、そりゃもうきっちりバッチリなめるようにちゃーんとチェックしま、いでっ、痛いです若旦那冗談ですマジで痛いごめんなさい!」
 ミクオの頭を鷲掴みにしていた手を離し、レンは再度外を見た。人々は皆一様に首をすくめ、十二月に入ったばかりの街を急ぎ足で行き交っている。
 大方リンは今朝の口論に腹をたて、ちょっとした反抗のつもりで傘を持っていかなかったのだろう。レンの脳裏に、途方に暮れて空を見あげるリンの姿が浮かんだ。途端に落ちつかない気持ちになり、レンはそわそわと店の中を歩き始めた。
「若旦那ってば心配性ですねえ。傘を忘れたくらいで」
「いやですが……しかし……」
「きっと迎えに来いって電話でもかけてきますって。それかうちまで送ってくれる人がいますよ。リンちゃんみたいな美少女が昇降口で困った顔をしてれば声をかけてくれる男なんてごろごろ転がってますって」
 ミクオはレンを安心させようと口にしたつもりだったのだが、レンの強張った顔を見て、失敗したなとすぐに後悔した。
「そ、そういうものなんですか。もしその中に悪漢でもいたらどうするんですか」
「いやあ、まあ……その時は…………そうだなどうしよう」
 レンの顔からさっと血の気が引く。
「すみませんがリンを迎えにいってきます」
「いやちょっと若旦那落ちついて! まだ学校終わる時間じゃないですって!」
「若旦那、ミクオさん」
 それまでじっと2人のやりとりを見ていたルカは、頬に手をあてて首を傾げた。
「リンちゃんは女子高ではありませんでした?」
――――しかしリンは、夕方になっても帰ってこなかった。それどころか普段ならばとうに帰宅している時間になっても連絡一つ寄こしてこない。
 レンは店先に出ては辺りを見回したり、ルカにリンが帰ってないか何度も確認したりして気が気でない様子で、とうとうルカから「今日はもうとっととすっこんでくださいな」と店から追い出されてしまった。そして7時を過ぎたころ、ようやく玄関の戸が開く音がした。居間で黒電話を睨みつけていたレンは弾かれるように顔をあげて廊下に飛び出した。
 そして玄関に立つリンの姿を見て言葉を失った。
 リンは頭から水をかぶったように全身をぐっしょりと濡らしていた。髪と制服からとめどなく水が滴り落ち、足元には水たまりができている。
「リンさん」
 レンはやっとの思いで名前を呼んだ。しかしリンは返事もせずに靴を脱いで廊下にあがった。おぼつかない足どりで一歩進むたび、ぽたぽたと水滴が廊下を濡らした。まるでレンの存在など目に入っていないかのように、リンはレンの横をすり抜ける。一瞬、雨で濡れた前髪の隙間からリンの瞳がのぞいた。今朝とはまるで違う、遠くをさまよっている虚ろな目。既視感。
(さみだれ)
(しろいはな)
(せかいからきりとられたようなばしょ)
(うつむいた喪服の、)
(ふせられたまぶたのした)
(いまにもきえそうな)
 全身に悪寒が走った。
「リンさん!」
 レンはリンの手首をつかんだ。ひどくつめたく、その細さにレンははっとした。最後にリンに触れたのがずいぶん昔のことに思えた。
 リンはぼんやりとした表情でレンを見あげた。視線がぶつかると、リンは安堵をにじませた声で「レンさん」と呟いた。
「……リンさん、今までなにをしていたんですか」
「なにもしてないです。ふらふらしてました」
 うっすらと眉間にしわを寄せたレンに、リンは薄く笑った。
「本当です。レンさんの言うとおり傘を持ってこなかったことをすごく後悔して……ちょっと、悲しい気持ちになったんです。それで、」
 リンの頬を、雨のしずくがつうっとなぞった。
「それで、レンさんが死ぬことを考えていたんです」
 突然、糸が切れたように、リンの体がぐらりと傾いだ。その体は息を呑んだレンの胸へと倒れこんだ。
「え、ちょ、リンさ、うわっ」
 そのままリンに押し倒され、レンは廊下に強かに背中を打ちつけた。水を含んだ制服はひどくつめたかった。レンの胸に額を押しつけたまま、リンは顔をあげない。そしてその呼吸がひどく早いことにレンは気付いた。額にてのひらを押しつけると火がついたように熱い。
「リンさん、熱……!」
「若旦那ーなんかすごい音が……ってうわっ! マジで手ぇ出してるじゃないですか! ついにやりましたかこの犯罪者」
「ミクオさん! ルカさんを呼んでください、リンさんが熱を!」
 レンはリンを布団へと運び、間もなくやって来たルカに部屋を追い出された。「若旦那、今日は追い出されてばっかりですね」とからかうミクオに苦笑いをかえす余裕もない。ミクオを帰らせて間もなく医者が来て、レンはリンの部屋の前の廊下を行ったり来たりして気を揉んでいた。
 気がつくと、リンの両親の葬儀に出た日のことを思い出していた。
 さっき見たリンの表情が、あまりにも似ていたのだ。初めて出会った時の、あの、今にも消えてしまいそうな幼いリンと。
――――レンさんが死ぬことを考えていたんです。
 そういえば、両親が死んだ日も雨が降っていたと、昔リンが言っていた。だから雨の日は時々、たまらなく憂鬱になるのだと。
「若旦那」
 レンははっとして顔をあげた。ルカが心配そうな顔をして廊下に立っていた。
「ルカさん、リンさんは……」
「お医者様がお薬を処方してくださいました。あとは安静にしていれば大丈夫だということです」
「そうですか……よかった」
 全身から力が抜けて、レンは深い安堵の息をもらした。2人で医者を見送ったあと、ルカは小さなため息をついた。
「若旦那、貴方がそんな死にそうな顔をしてどうするんです」
「あ、はあ、すみません」
「そんな顔でリンちゃんの前に出ないでくださいね。治るものも治りませんわ」
「そうですよね……はい」
 項垂れてしまったレンを見て、ルカは再びため息をついた。
「わたくしは今からリンちゃんのために雑炊をつくります。若旦那はリンちゃんにお水を持っていってください。その前に必ず、その辛気臭い面をとっとと退場させてくださいね」
 若旦那、今日は追い出されてばっかりですね、というミクオの声がレンの頭に響いた。




 リンの部屋に入ると、レンさん? と思いのほか元気なリンの声が聞こえた。布団から顔をのぞかせたリンの顔は、熱のせいか少し赤くなっていたがいつも通りの明るい表情だ。そのことにほっとし、レンは布団の傍らに水の入ったコップと薬を載せた盆を置いた。
「大丈夫ですか、リンさん」
「御覧の通り元気いっぱいです。それよりごめんなさい、迷惑かけてしまって……」
「いいんですよ……って、起きたらだめです。寝ててください」
 起こしかけた体を慌てて押し戻そうと肩に手をかける。しかしリンの肩に触れた瞬間、その熱さとやわらかさにレンはぎょっとした。手首をつかんだ時とは別種の驚きがレンの頭を支配し、思わず手を引っこめてしまった。リンの体に触れた手が熱せられたように熱く、どくどくと脈打っているように感じた。
「どうしたんですかレンさん?」
「あ、いえ、とにかくリンさんは寝ててください!」
「でも寝たままじゃお水は飲めません。それともなんですか、レンさんが口移しで飲ませてくれるんですか」
「……なに阿呆なことを言ってるんです」
 リンは小さく笑った。
「ほら。じゃあ起きあがってもいいですよね」
「それは……まあ、仕方ないです」
 上半身を起こしたリンに、レンは水の注がれたコップを渡した。水を飲むリンの喉が、蛍光灯の灯りに白々と照らされた。その眩しさに目を奪われている自分に気付き、レンは無理やり視線を引きはがした。罪悪感がしくしくと胸を苛んだ。レンはリンが飲み終えるまで、畳の目を睨みつけていた。そして視界の端でリンがコップを盆に戻すのを確認してから、ようやくリンへと視線を戻した。
「お水のおかわり、持ってきましょうか」
「いえ、もういらないです。ありがとうございます」
 熱のせいで少し元気はないものの、レンに対するリンの態度は普段となんら変わりのないものだった。まるで、廊下で起きたことなど記憶にない様子だ。もしかしたら、あの時リンはすでに意識がもうろうとしていて、あれは大して意味のない言葉だったのかもしれない。それならそれでいい。だけど。
 やわらかい雨の音が、部屋を満たした。リンはレンの言葉を待つようにじっとレンを見つめていた。
 しかし、レンも自分がなにを言えばいいのか、なにを言いたいのかがまるでわからなかった。とうとういたたまれなくなって、レンは腰をあげた。
「あ、あの、それじゃあリンさん、安静にしててください。すぐにルカさんが」
「レンさん」
 立ちあがろうとしたレンの手を、リンの指がつかんだ。
「なにもいらないので、もうちょっと……もうちょっと、ここに、いて」
 レンの手を握る力がほんの少し強くなった。
 ふりはらうことは簡単だろう。しかしレンにはそれができなかった。細い、硝子細工でできているのではと疑いたくなるような脆い感触。乱暴に扱えば砕けてしまいそうだった。仕方なく、リンさん、とたしなめてみても指は離れなかった。
 今日だけ、とレンは自分に言い聞かせた。彼女が悲しそうにしている今。この短い時間、手をつなぐだけだ。たった、それだけだ。
 レンはおずおずと、からまった指先を握りかえした。ちょっと力を加えれば簡単に壊れてしまいそうだった。しかしリンの熱い指先は、しっかりとした力でレンの指に巻きついた。
「で、いつになったら手ぇ出してくるんですかレンさん」
「……またその話ですか」
「だって私レンさんがすきなんです」
 リンはうつむいて、ぎゅっと布団を握りしめた。
「本当ですよ。冗談なんかじゃないです。レンさんのこと、だいすきです。ずーっと傍にいたいし、いてほしいんです。それで、私を、」
 リンの言葉はそこで途切れた。濡れた瞳はゆらゆらとゆれて、つながった二つの手を見つめている。
 やっぱり似ている、とレンは思った。
 つめたい雨。二人だけの空間。リンの、横顔。目の前で、あの日を再現しているみたいだった。そして唐突に気が付いた。
 リンがこれほどまでに、自分に固執する理由。彼女は、置いていかれるのが怖いのだ。再び置き去りにされてしまうんじゃないかと、不安で仕方がなくて、だからこうやって子供のように気を引いて、自分の傍から離れないようにしておきたいのだ。
(……だけどそれは、自分だって同じじゃないのか)
 出会ったときからずっと、レンもリンを引き留め続けている。目を離しているうちに、どこかに消えてしまわないか。彼女の視線がどこか遠くを見つめるたび、なにかがこの少女を自分の手の届かない場所に連れていってしまうんじゃないかと不安に襲われる。今日だって、濡れそぼったリンが自分の横をすり抜けた瞬間も、レンはリンが消えてしまうと思った。
 それは初めてリンを見た時も、同じだった。
 だからとっさに手をつかんで、引き寄せてしまった。
 彼女は両親のところに行きたいと言ったのに、それを駄目だと言って引きとめたのは自分だ。もちろん、リンを引きとったことを後悔したことはない。だけど時折その選択が正しかったのかどうか、わからなくなる。リンが本当にいるべき場所は、彼女が望んでいる居場所はここではないどこか違う所ではないのかと。
 それでもレンの手は吸いよせられるように、リンの手をつかむ。何度も何度も。あの日から繰りかえし。
 彼女と自分を引き寄せるものは、いったいなんなのだろう。
 だけどその答えにたどりつくにはまだもう少し、時間がいる。だから。それまでは。
「リンさん」
 レンはそっと、優しい手つきでリンの頬に触れた。
「大丈夫です。僕は置いていったりしませんから」
 青い大きな瞳が驚きに小さくゆれた。それから嬉しそうに、だけど泣きそうにリンは笑った。
「本当ですか?」
「絶対です」
「約束ですよ?」
「約束です」
「じゃあ結婚してくれますか」
「……それとこれとは話が別です」
 レンはリンの頬から手を離した。
 リンはきっと目を吊りあげた。
「なんでですか。大人は嘘つきです」
「嘘はついてません。リンさんを置いていくつもりは毛頭ありません。それは本当です」
「それって絶対プロポーズです」
「リンさん。プロポーズとは恋人に“毎朝お味噌汁を作ってくれ”と言うものなんですよ」
 リンは、「ちげえよ馬鹿」と言う言葉を口にする前に辛うじて飲み込んだ。
「さあ、水も飲みましたから早く寝てください」
 頬を膨らませはしたが、リンはおとなしくレンの言うとおり布団にもぐりこんだ。そしてふくれっつらのままそろりと右手をのばした。
「今回のところは結婚はあきらめます。だからもう少しだけ、手を握っててください」
 白い指がせかすようにふらふらとゆれた。レンは額に手をやって、ため息をついた。
「リンさんが眠るまでですよ」
 レンはリンの手をすくいとりやわらかく力をこめた。
 リンは熱で潤んだ瞳を細めて、つぼみのような唇を弓なりに象った。レンの記憶の中にはない、ひどく艶やかな微笑だった。
「ありがと、レン」
 ぴく、とつながった手から伝わる震えにリンはいたずらが成功した子供のような顔をして、ようやく瞼を下ろした。
 雨の音だけが響いていた部屋に、小さな寝息が重なった。
 熱のあるリンよりも赤くなったレンの姿は、雑炊を持ってやって来たルカしか知らない。


 ゆっくりと時間をかけて。からまった糸をほどくように答えをたぐりよせよう。焦ることはない。この手を離すのも引き寄せるのも、きっとまだ先のことだ。なぜなら自分はまだ、彼女から当分離れられそうにないのだから。






11.12.06
冷たい雨はやがて春を連れて。
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あなたのお気に召すまま 演者の夜
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