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とても短いお話。
レンとカイト。

 ふわりと温かいものに包まれて、レンはふと目を覚ました。
「あ、ごめん。起こしちゃったね」
 そう言って微笑んだのはカイトだった。レンはソファに寝転がったまま、自分にかけられたブランケットを見た。風呂からあがった後に今日貰った曲の楽譜を見ていたのだが、いつの間にか眠っていたようだ。その証拠に、ソファの足元には握っていたはずの真新しい楽譜が散らばっていた。
 さっきまで見ていた浅い夢は掴む間もなく消え去ってしまっていた。どんな夢だったかは覚えていない。胸の中に残されたのは霞のような不安だけだった。確かに感じるし目に見えるのに、掴むことは出来ない。そんな夢の残骸だけが胸の隙間でゆらゆらと揺れていた。
 カイトは片手に持ったマグカップに口をつけながら、レンのいる大きなエル字型のソファの端に腰かけた。ソファが軋む音と僅かな振動、そしてコーヒーの香りが伝わる。のろのろとレンが体を起こすと、ずり落ちたブランケットが床に落ちた。しっとりと濡れた髪が気持ち悪くて思わず髪に手をやりながら時計を見ると、1時少し前を指していた。
 誰もいないリビングはひっそりと静まりかえっていた。誰か起こしてくれれば良かったのに、とレンは憮然とし、ふと視線を感じて時計から目を離した。振り返ると、カイトがじっとこちらを見ている。
「……拾わないの?」
 言われて足元に目をやった。そこにはカイトが今しがたかけてくれたブランケットがくしゃくしゃになって落ちている。
(せっかくの親切を無下にするなってか)
 優しいようでいて無神経。控えめなようで時折押しつけがましい。カイトの言動は矛盾ばかりを孕んでいる。わかりやすいようで時々わからないという、これまた矛盾した性格をした彼のことが、数年共に暮らしてもレンにはよくわからなかった。リンやミクやメイコやルカと一緒に居る時はそう思わないのに、こんな風に二人だけの空間に放り込まれると、途端にまるで知らない人物のように感じる。何かに似ているな、と思ってすぐに思い当たった。確かに感じるし、目に見えるのに、掴もうとすると指をすり抜ける。丁度レンの胸の中で体を揺らしている不安と同じ――――霞みたいな。
 レンはがしがしと頭を掻いて、大人しくブランケットを拾った。
「どーもお気づかいアリガトーゴザイマシタ。……これでいいだろ?」
「あー、そっちじゃなくて」
「え?」
 カイトが指差したのは、譜読み途中の楽譜だった。
「楽譜のほう。今日貰ったんでしょ、それ。よくソファの下から楽譜が見つかるけど、大概リンかレンの楽譜だってめーちゃんが言ってたよ」
「ああ……そういえばそんなことも言われたような」
 レンは楽譜を手に取り、くしゃくしゃにまるまったブランケットの上に無造作に置いた。譜読みは半分も終わっていない。ひどくだるく、遅々として進まなかったのだ。ミクとリンの3人で歌う曲で、ミクは貰った直後には完璧に譜読みは終わっていたし、リンでさえレンが風呂からあがった時には終わらせていた。普段からそう早く終わる方ではなかったが、今回はいつにも増して遅い。
(収録は明日の午後からだし……それまでに終わらせればいいかな……)
 紙の上に踊る音符と歌詞を見ているだけで気が重くなる。レンは思わず小さな溜息をついていた。
 突然、カイトがマグカップをテーブルに置いた。それは思いのほか大きな音をたてて、深夜のリビングに響いた。レンは思わずぴくりと肩を揺らした。
 カイトは俯いていた。マグカップの取っ手から手は離さずに、ゆらゆらと大きく揺れている真っ黒な液体に視線を落としたまま口を開いた。
「僕は君が嫌いだよ、レン」
 決して声を荒げるわけでも、嫌悪感を滲ませたような声を出したわけでも無い。ただカイトは、いつものような落ち着いた穏やかな声で、はっきりとそう口にした。
「僕たちは歌うためにつくられたボーカロイドというソフトだ。どんなに似せられていても絶対に人間にはなれない。歌わなければ生きられないし、歌わなければ生きなくていい。こうして何かを飲んだり、食べたり、眠ったり、他のボーカロイドと交流したりして、馬鹿みたいに人間のような生活しているのも、僕たちがそうすることを人間が望んだからだ。彼らが必要としなくなれば僕たちが存在している意味は無くなり消えるしか道はない。だけど必要とされている間は人の望むままに歌い、行動しなければならないんだよ。僕たちは歌うために生きている。どんなボーカロイドでも、本能で歌うことを望むようにつくられている。メイコも、ミクも、ルカも……もちろんリンも。だけどレン、君は違う。君は歌うために生きようなんてちっとも思っちゃいない。それどころか歌なんてどうでもいいとすら思っているんだろう。ボーカロイドは歌うことを喜びとするプログラムなのに、君はその、ボーカロイドとして一番大切なものが欠けている。僕はそれがどうしてかは知らないし、レンとリンの間に昔何が起こったかのも知らない。別に無理に知ろうとも思わない。過去のことなんて今はどうだっていいよ。勘違いしちゃいけないのは、レン、ボーカロイドはボーカロイドのために存在するんじゃなくて、ボーカロイドは人のために存在しているってことさ。なのに君はリンがいればそれでいいと思っている。いや、リンが幸せなら、それでいいと思っている。リンが幸せになるために自分が必要だとわかっているからリンのそばにいる。逆に言えば、リンの幸せに自分が不必要ならいつでも消えていいと思っているんだ。そこだよ、レン。僕が君を嫌いな理由はそこにある。僕から言わせれば実に馬鹿らしい、エゴと自己陶酔まみれのその子供じみた自己犠牲精神が大っ嫌いなんだ。だってそれはまるでボーカロイドらしくない感情だから。それはとても僕を苛つかせるし、不愉快にさせるし、そんなものを押しつけられるリンの気持ちを考えるとぞっとするね。僕は“鏡音”――――いや、君たちじゃなくてよかったと心から思うよ。君はもっと周りを見るべきなんだ。君がいれば幸せだと思ってくれる人は本当にリンだけかい? 君がいなくなって悲しむのは、君を必要としているのは、本当に、本当に君の大切な片割れだけだと思う? 君の歌で喜んでくれる人がいる。感動してくれる人がいる。それがどうでもいいと、心からそう思うのかい? 歌う時に少しでも、ココロが震える瞬間は無かったと言い切れる? ……レン。君はそろそろ気付かなければいけないよ。君の世界はもう、君とリンだけしか存在しないわけじゃない。“鏡音レン”を必要としている人が、リン以外にもいるってことを。そしてそれに――――」
 カイトはそこで言葉を切った。僅かに開いた口をゆっくりと閉じ、言いかけた言葉を飲みくだすようにもう一口コーヒーを口に含んだ。
 それで終わりだった。静謐な夜が再びリビングを満たし、唐突に始まったカイトの話は始まりと同じく唐突に終わった。ぶつりと途切れた話の続きを探すかのようにレンは視線を宙に向けた。
 かつん、と再び置かれたマグカップの音はさっきよりも静かだったが、どこか硬く冷たい響きをもっていた。マグカップから手を離したカイトはいつも通りの、完璧で穏やかな笑みをたたえていた。
「どう、レン。僕のこと、嫌いになった?」
「……別に。何も変わらない」
 にべないレンの返事に「ふうん」とカイトは目を細めた。
「それは、悲しいね」
 何かの合図のようにカチリ、と時計が1時を指した。レンは楽譜を手に取るとソファから立ちあがった。
「オレ、部屋に戻るよ」
「そっか。もう遅いし、そうした方が良いね。コドモは寝る時間だ」
「そう言うオトナもいい加減寝たら」
「うーん。僕、眠るの嫌いなんだよ。まったく何で僕たちに“眠る”機能なんてつけたんだろうなあ。せめて機械みたいに“スリープモード”とか“電源オフ”とかにしてくれれば良かったのにさ。そしたら夢なんてみないし」
「……夢をみるのが、嫌なんだ?」
 レンの問いにカイトはおどけた仕草で肩を竦めた。
「嫌いだね。大っ嫌いだ。夢の中だと、まるで人間になったような錯覚に陥るから」
 ごくりとコーヒーをあおったカイトは、空になったカップを持ってない手をひらひらと揺らした。
「じゃ、明日の収録頑張ってね」
 声音こそ優しいが、それがこれ以上話したくないという意思表示なのはすぐにわかった。自分から話しかけてきておいて、と理不尽に思ったが、レンもこれ以上話すことは無いので黙って背を向けた。リビングの扉を閉める瞬間、「おやすみレン」という声が追いかけてきたが返事はしなかった。
 暗く冷たい廊下を、裸足で歩く。
 誰もいないリビングでコーヒーを飲みながら、彼は一人どんなことを考えるのだろうとレンはぽつりと思った。






残酷だけど優しい。矛盾している。
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