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王道ラブコメ書きたいと思った結果がこれだよ!
しかし一番筆が進むのもこのシリーズなのである。解せぬ、解せぬぞ!
【08:05】昇降口にて
「あっ、お、おはよう鏡音くん!」
「…………はよ」
下駄箱に凭せ掛けていた体をぱっと起こし、リンは笑顔を浮かべた。レンはぼんやりとリンの顔を見つめてからのろのろと返事をし、寝ぼけ眼を擦りながらリンの横を通り過ぎる。
「あの、今日も遅刻ギリギリだね! 相変わらず寝ぐせも酷いしもうちょっと早く起きた方が良いんじゃない?」
レンは答えない。ふわあと欠伸をしつつ下駄箱を開ける。
「それで提案なんだけど、もし良ければ私がモーニングコールとかしてあげるから鏡音くんのメアドか携帯電話の番号を」
どさり。と。
それはもう、頬を赤くして一気にまくし立てるリンが思わず閉口してしまうくらいに。
大量のラブレターがレンの下駄箱から落ちてきた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
レンはそれを無言で見下ろしていたが、しばらくすると何事も無かったかのように上履きを取り出した。
「…………あのさ、鏡音くん」
「なに」
「それ、いつもどうしてるの?」
「どうもしない。放っておいてる」
「それ、何かわかってる?」
うーん、とレンは少し考えて、
「メールマガジン?」
リンがとてもいい笑顔で「その通り!」と親指を立てた。
【09:10】現代国語の授業中にて
レンは爆睡していた。
すやすやと寝息をたて穏やかに眠る姿は可愛らしい子猫のようで、リンは知らず微笑んでいた。
しかし彼の寝顔を鼻息荒く涎を垂らしながら見る紳士淑女は少なくない。リンは番犬のようにその輩に唸り声をあげて牽制しながら、こっそりと小さなメモを飛ばした。こつん、とそれがレンの頭にあたる。
レンはぼんやりとした表情で目を開け、瞼を擦りながらそれを開く。
『今日の授業の範囲、テストに出るから起きてた方が良いよ。 リンより』
レンは手元のメモをじっと見つめ、そして斜め後ろのリンを振り返る。
目が合い、リンは思わず赤面したが、レンが小さくこくりと頷いたのを見ると、嬉しさのあまり思わず席から立ちあがった。
「か……っ!」
「ん?」
しん、と教室が静まり返る。
教室のど真ん中でただ一人立ちあがっているリンに、生徒の誰もが注目した。
メイコ先生が静かに眼鏡を持ち上げる。
「……か?」
「か…………………………『かといって、また、おれは俗物の間に伍することも潔しとしなかった。ともに、わが臆病な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいである。己の珠なるべきを、』」
「いや確かに今は現国の時間だが、なぜ山月記をいきなり朗読するんだ鏡音」
「『然し君、戀は罪悪ですよ』」
「うんそうだな確かに今は山月記ではなく「こころ」の授業をしているわけだが、だからどうしていきなり朗読するんだ鏡音」
【10:00】古典の時間にて
レンは爆睡していた。
すやすやと寝息をたて穏やかに眠る姿は可愛らしい子猫のようで、リンは知らず微笑んでいた。
しかし彼の寝顔を鼻息荒く涎を垂らしながら見る紳士淑女は少なくない。リンは番犬のようにその輩に唸り声をあげて牽制しながら、こっそりと小さなメモを飛ばした。こつん、とそれがレンの頭にあたる。
レンはのろのろと瞼を上げ、欠伸をしながらそれを開く。
『今週の日曜日、デートしませんか(^^)v リンより』
レンは手元のメモをじっと見つめ、そして斜め後ろのリンを振り返る。
レンと目が合い、リンは笑顔でぐっと親指を立てたが、レンがそのメモをそっと隣の席のミクオに渡したのを見て、思わず席から立ちあがった。
「な……っ!」
「ん?」
しん、と教室が再び静まり返る。
教室のど真ん中で突っ立っているリンに、生徒の誰もが注目した。
ルカ先生が肩にかかった髪をはらい、微笑む。
「……な?」
「な…………………………『嘆きつつひとり寝る夜のあくる間はいかに久しきものとかは知る』」
「で、他には?」
「『夏は夜。月の頃はさらなり。闇も、」
「他には?」
「…………」
「…………」
「…………すみませんでした……」
【10:50】数学の時間にて
レンは爆睡していた。
すやすやと寝息をたて穏やかに眠る姿は可愛らしい子猫のようで、リンは(以下省略)こっそりと小さなメモを飛ばした。こつん、とそれがレンの頭にあたる。
レンは目覚めなかった。
リンはメモに高速スピンをかけ、再びレンを狙い撃った。
レンは「うぐっ」と小さく呻いてから目を開け、後頭部をさすりながらそれを開く。
『今週の日曜日、デートしませんか(^^)v リンより』
レンは手元のメモをじっと見つめ、そして斜め後ろのリンを振り返る。
レンと目が合い、リンは笑顔でぐっと親指を立てたが、やはりレンがそのメモをそっと隣の席のミクオに渡したのを見て、思わず席から立ちあがった。
「な……っ!」
「へ?」
しん、と教室が再び静まり返る。
教室のど真ん中で仁王立ちしているリンに、生徒の誰もが注目した。
カイト先生が、えーっと、と呟いた。
「……な?」
「な…………………………んでも、無い、です」
着席。
数秒の沈黙の後、再び授業は再開された。
がっくりと項垂れていると、ころん、とメモが回ってくる。リンははっと目を見開いた。
(鏡音くん……っ、やっぱり私のこと……っ!)
『今週の日曜は空いてるよ。ただしオレはミク一筋だから覚えといてね☆ ミクオ』
「ミクオてめえええーッ」
「ちょっと鏡音さんどうしたの!? なんで泣いてるの!? ていうか僕が泣きたいんだけど!!」
【11:40】英語の時間にて
レンは爆睡していた。
リンは廊下に立たされていた。
【12:20】お昼休みにて
「めし……」
チャイムと同時にレンは起き上がった。それをミクオは呆れ顔で見やる。
「お前って何のために学校来てんだ? ていうかその授業態度で成績良いのがオレは不思議で堪らないんだけど」
「ハラ減った……」
レンは鞄からパンを取り出しもそもそと頬張った。リンはそれを遠目に見守りながらほやんと和んでいた。
「かがみねくん、かわいい……」
「リンちゃんは本当に鏡音くんが好きだねえ」
向かい合うようにして座っていたミクが、お弁当をつつきながら感心する。
「だって昔飼ってた犬を思い出すんだもん……」
「ええー犬ぅ? どっちかっていうと猫でしょー」
「ううん犬なの。すっごいおじいちゃん犬で、いっつも昼寝するか食べるかだったんだけど……でも、すごく癒されたんだよねえ」
「お、おじいちゃんて……」
よくわからん、とこめかみに人差し指をあてて唸るミクを横目に、リンは相変わらずとろけそうな笑顔を浮かべている。
「やっぱり男は胃で掴まなきゃだよね。私も鏡音くんにお弁当作ってこようかなあ」
「……鏡音くんをリンちゃん自ら手にかけたくないなら、手料理はやめといた方が良いと思う」
「? それどういう意味?」
「君の弁当は破壊力抜群なのだよ。もちろん悪い意味で」
【13:30】体育の時間にて
「よーし、それじゃあ今日のテニスは男女でペアを組んでもらう。先生がこの上なく適当に番号順で組んでおいたから、今日はそのペアで試合しろ」
リンの体に雷が走った。体育教師が読みあげたペアの相手は、
(やっぱり! 鏡音くん!)
リンは後ろの方に立っていたレンをばっと振り返る。
「かっ、鏡音くん! 頑張ろうね!」
「……あー……うん」
相変わらずぼんやりとした返事だったが、リンはどこ吹く風で、天にも昇るような気持ちだった。心の底から先生に感謝する。
「あ、対戦相手は鏡音ペアかよー」
「おーい、リンちゃんこっちこっちー」
見れば、ミクが空いているコートで手招きしている。どうやらミクはミクオとペアらしかった。
「ミクちゃん! 悪いけど、今日だけは絶対に負けられないんだからね!」
「うーん、私は別に今日の相方はどうでもいいんだけど」
「だろうね」
「おまww」
「でもリンちゃんが対戦相手なら私も負けられないな! 相方はいないものとして戦ってる気持ちで頑張るよ!」
「うん、わかった!」
「ちょwwミクさんwwww」
リンは前衛、レンは後衛でコートに立つ。ミクのサーブで試合は始まった。リンもミクもテニス部に所属しているため、お互いに一歩も引かないまま激しいラリーが続く。リンはレンに良いところを見せようと必死だったし、ミクは本当に一人で戦う気満々だったので、必然、後衛の男二人は手持無沙汰に突っ立っている。
しかしその時、ミクの鋭いスマッシュがリンの横を過ぎ去った。
(やばっ、決ま――――)
ボールを追いかけ振り向いた瞬間、目に飛び込んできた光景にリンは目を瞠った。ミクの打った球を、普段からは考えられないような鮮やかな動きで、レンが打ち返したのだ。
驚きで思わず足を止めたミクの横を、ボールが駆け抜けた。ぱあん、とボールがコートに打ち込まれ、笛が鳴る。ミクは唖然とした。
「えっ、えっ、鏡音くん、運動出来るの!?」
「なに言ってんのーレンはバリバリ運動神経良いよー。本当詐欺だよなあ」
もちろんそのことを知っていたミクオは、へらっと笑ってそう答える。「早く言いなさいよねえ」とミクは頬を膨らませた。
レンは、ふう、と息を吐いて、俯いているリンの肩をぽんと叩いた。
「後ろはオレがフォローするか…ら……、…………あの…どうかしたの」
レンの新たな一面に、声が出ないほどときめいたリンがうち震えていたのは言うまでもない。
【15:10】科学の授業にて
レンは爆睡していた。(運動疲れ)
リンも爆睡していた。(ときめき疲れ)
【15:15】科学の授業にて
リンとレンは廊下に立たされていた。
【16:55】部活にて
きゃーっという黄色い声にリンの眉間のしわが深くなる。
声援はテニスコートからも見える体育館から聞こえてくる。運動場のトラックを並んで走りながら、ミクは苦笑いを浮かべた。
「あの子たち、毎日毎日飽きもせず、本当に暇だなあ。ねえリンちゃん?」
「本当に! 別にバスケットをしている鏡音くんのカッコいい姿を見られなくて悔しくなんて思ってない! 思ってないんだから! うわああああんばかばかザラキザラキ!(死の呪文)」
「ほらほらペースを乱さないー」
レンは校内でも美少年として有名な存在だ。放課後になれば、レンの部活している姿を一目見ようと多くの女生徒が体育館に集まってくる。その中には他校の生徒も混ざっているというから驚きだ。
リンは歯ぎしりしながらもひたすらに走り続け、ミクもそれを笑いながら追いかける。
「あ、あのっ……リン……ミク……っ」
後ろから聞こえてきた部員の声にリンとミクは同時に振り向く。
「なにー?」
「あんた達、ペース、速過ぎ……っ、他の子たちついていけてないってば……!」
【17:25】部活にて
「おーいレン、今日も来てるじゃん。お前のファン」
ミクオは肘でレンの脇腹をせっついてにやにやと笑う。
「いやあまったく、モテる男は辛いねえ」
「…………でも、ちょっと練習の邪魔……」
レンは呟いてペットボトルに入った水を口に含んだ。
「あー、まあ、確かにな。ああもいちいち騒がれると集中出来ないし。先輩がお前にキレる前にどうにかするか……って、あれ?」
ミクオが素っ頓狂な声をあげたので、レンもミクオの視線を追う。
すぱあん、と体育館の扉が開かれたかと思うと、そこには険悪な顔をしたリンが、何やらどす黒いオーラを放ちながら立っていた。その後ろには、面白そうなのでついてきました、という顔をしたミクがいる。リンはそのままずかずかと騒ぎ立てる女子の集団に向かい、「ちょっと!」と声を荒げた。
「貴方たち、鏡音く、じゃないバスケ部の練習の邪魔になってるでしょ! 見るなら大人しく邪魔にならない所で見なさい! ていうか鏡音くんを見るんじゃない! 羨ましい!」
「……何アンタ? 誰?」
「1年4組出席番号23番、鏡音リン、12月27日生まれ山羊座の」
「ハアー? 訊いてないし」
「つか別に邪魔になってないし」
「なってる! そもそもこんなところで毎日きゃーきゃー言ってる暇があったら、もっと有意義な学生生活を送ったらどうなの?」
「マジうざい。何こいつ」
「1年4組出席番号23番、鏡音リン、12月27日生まれ山羊座の」
「だから訊いてねーし」
「成績は後ろから数えても前から数えてもあんまり変わらないくらいです」
さすがに引きはじめた女子高生の前に仁王立ちして、リンはびしりとレンを指差した。
「見なさい! 鏡音くんの果てしなく面倒くさそうな顔を!」
「うお、こっちに飛び火した」
ミクオは呟いたが、レンは水を飲みながらぼんやりと成行きを見ている。
「あれは、貴方たちのうるさい声に辟易してるからあんな死んだ魚のような眼になってしまってるんです! わかったら散れ! 去れ!」
「さり気に失礼なこと言われてんぞ、レン」
レンはそっぽを向いてタオルで汗を拭っている。
「てゆーかアンタさっきから鏡音くん鏡音くんって、なんなの? レンくんのなんなワケ?」
「鏡音くんの婚約者(になろうと努力しているしている人)です!」
「ちょっとリンちゃんなに大ウソ言ってんの!?」
これにはさすがのミクもぎょっとして、体育館は騒然となった。
「はあ!? 嘘ついてんじゃないわよ!」
「嘘じゃないです。正真正銘、鏡音くんの嫁(になろうと努力している人)です」
「リンちゃん、休憩時間終わったみたいだから、私戻るね」
「じゃあレンくんに直接訊いてみるわよ?」
「あ、それは困る! ザラキザラキ!(死の呪文)」
大騒ぎになった体育館は、リンを部活に連れ戻しに来たメイコ先生(女子テニス部顧問)の拳骨により収束を迎えることとなった。
【17:30】部活にて
「だから貴方たち、鏡音くんの練習の邪魔になってるでしょ! とっとと帰れ! ていうか鏡音くんを見るんじゃない! この暇人……あ、メイコ先生、いえちょっとこの人たちの歓声で練習に集中が出来なくて注意しに来ただけで、私は決して私利私欲からではなくテニス部のためを思ってですね、あ、ちょっと待って下さいその握りこぶしは何ですか、暴力反対暴力反対暴力らめええええええっ」
【18:20】部活にて
「リンちゃんなんで泣いてるの?」
「訊かないで……」
ぐすん、と鼻をすすりリンは頭をさすった。リンとミクはダブルスでペアを組んでおり、今から部活内で簡単な試合を始めるところだった。軽い準備体操をしながら、ミクは静かになった体育館を見る。
「でもリンちゃん(とメイコ先生)のおかげで、鏡音くんの取り巻きもいなくなったねー」
「今度あの集団が来たら、一人残らず脳天にスマッシュをぶち込んでやる……」
ぶつぶつと恨み事を言っていると、「ミクーっ」という声が耳に届いた。リンとミクは顔を上げる。
「マイエンジェルみくみくーっ! スコート姿めちゃくちゃ可愛い! 生足ハアハア(*´Д`)」
ミクの周りの温度が、一気に氷点下まで下がった。
ミクは笑顔のままだったが、それが余計にぞっとするような迫力を醸し出している。それに気付いているのかいないのか、テニスコートの外からミクオは花が咲いたような笑顔でぶんぶんと大きく手を振っていた。
「ザラキザラキザラキザラキザラキザラキザラキザラキ(死の呪文)」
「え? ミクなに言ってるのー? 聞こえなーい!」
「ミクオってアホだよね……」
死の呪文を唱え続けるミクを横目にリンはコートに入った。そして気付く。
(か、がみね、くん……っ!)
ミクオの少し後ろに立つようにして、レンがこちらを見ていた。ミクもそれに気付いて、あっと声を漏らす。
「リンちゃん! 鏡音くんがこっち見てるよっ」
「う、うん……っ」
「あ、何か言ってる!」
レンの唇がゆっくりと動いた。ここからでは遠過ぎて何を言ってるのか聞こえない。しかし、いつもレンを見つめているリンには、彼が何を言ってるのかがはっきりとわかった。
ま け る な よ
リンは頬を紅潮させ、気合を入れるように小さくガッツポーズをする。勢いよく振り向いて、ミクを見た。
「頑張ろう、ミクちゃん!」
「うん、リンちゃん!」
「よっしゃーばっち来い! ××す気でやるぞ!」
「うん、リンちゃん!」
「あんた達、今からテニスするんだからね、わかってる?」
【18:20】部活にて
「レン、今なんて言ったの?」
「リボン外さないの? って言った」
「ふーん。たぶん伝わってないぞ、それ」
「うん。オレもちょっと思った」
【19:30】帰り道にて
ミクと別れた時、寄り道したせいで辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
リンが急いで家路についていると、ふと街灯の下に見慣れた金髪を見かける。一瞬自分の幻かと思った。しかし目を擦り頬をつねって改めて見ても、それは間違いなく――――
「鏡音くん?」
街灯の下にしゃがんでいたレンが振り返った。
「な、なな、なにしてるん……はっ! もしかして私を、」
「絶対違う。寄り道して帰ってたら、この犬見つけただけ」
レンの足元から子犬がひょこりと顔を出したので、リンは目を丸くした。
「捨て犬?」
「……たぶん。首輪無いし」
レンはひょいとそれを抱きかかえた。そのまますたすたと歩き出した彼の後を、リンは慌てて追いかける。
「ど、どうするのその犬?」
「……友達の家まわって、里親探す」
「ええっ。い、今から?」
「だってウチにはどうしても連れて帰れないし」
「鏡音くんの家、マンションなの?」
リンの言葉に、レンは足を止めた。小さく首を傾げる。
「……オレの家、知らないの?」
「? 知らないよ。遊びに行ったこと無いし、知ってるわけないでしょ?」
「いや……後をつけたりとかして、オレの家はとっくに特定済みかと」
「えっ!? つけていいの!?」
「よくない」
リンは一瞬目を輝かせたが、即刻レンに切り捨てられ、がっくりと肩を落とした。
「ミクちゃんに、これ以上ストーカーまがいのことをしたら通報するって言われちゃってるんだあ。だから尾行だけはやめとこうと思って……」
今でも十分ストーカーに近いと思う、という言葉は飲み込み、レンはふうん、と相槌を打った。
「マンションじゃないけど……色々厳しいから。連れて帰ってもまたすぐに捨てられる」
「そっかあ。あ、じゃあ、私のうちで飼うよ!」
レンは、え、と声を漏らした。
「うちの家族、動物好きだし、ちょうどママも犬欲しがってたから。それに鏡音くんの頼みとあらば、引き受けないわけにはいかないでしょう!」
胸の前に握りこぶしを作ってリンは勢い込む。いや、頼んでないけど、という言葉を、レンはまたしても飲み込む。
「あ、えーと……じゃあ……どうぞ」
「はい、どうも!」
レンから渡された子犬を抱きしめて、リンはにっこりと笑った。
「大事にするね!」
「うん……ありがとう」
ぺこりとレンがお辞儀をして、リンは顔を赤くした。
「そっ、そんなたいしたことじゃ……え、え、えーと、えっと……そ、それじゃあまた明日!」
逃げるように走り出したリンを、レンは呼びとめた。
「あ、リン」
ぴしり。レンに背を向けたまま、リンの体が凍りついた。腕の中の子犬が、不思議そうにリンを見上げた。
「……家まで送る……もう遅いし、そいつ引き取ってくれ――――」
レンの言葉は途中で途切れた。リンが、呆然とした表情でこちらを振り向いていたからだ。
「…………え……なに?」
「鏡音くん、私のこと、名前で呼んだ……?」
「……そうだけど」
それがどうかした? とレンは首を傾げた。
「だって同じ名字だからややこしいし……」
「で、でででででも今まで鏡音くんに名前で呼ばれたこと無かったしっ」
「……だってリンに話しかけたこと無かったし」
また!
ぼんっとリンの顔が林檎のように赤くなった。
「だからオレ、鏡音さんって言ったことも無いと思うけど」
「は、はひ……そ、そーでふか……」
「顔凄い赤いけど……リン、熱でもあるの?」
ぼんっ。
「……おお……また赤くなった」
レンが名前を呼ぶたびに、リンの心はきゅーんと疼いた。
顔が熱い。
脳内はオーバーヒート寸前だった。
「あ、あのっ」
「うん」
「ももももももも」
「桃……」
「もももももし良ければっ」
リンは今自分が持っているありったけの勇気を振り絞って叫んだ。
「私もレンくんって呼んでいいですかっ!」
一瞬の沈黙の後に訪れた返事は、天使のような微笑みつきで、ついにリンの脳内回路がオーバーヒートしてしまったのは言うまでもない!
10.09.03
というわけで鏡音リンは、只今思いっきり青春しています!
オマケ
【08:05】教室にて
「あ、リンちゃん携帯の待ち受け変わってるー。あれっ、犬飼ったの?」
「うん! 可愛いでしょー。レンって名前なの」
「へえー、可愛いーっ! あれ、鏡音くんおはよう!」
「あ、おっ、おっ、おおおおおおはよう、れ、れ、れれれれレンくんっ!」
「………………」
「おっはよーマイエンジェルミク! そしてリンちゃん! とレン……って、アレ、お前なんかいつにもまして顔色悪いぞ? どうした?」
10.09.03
レン(犬)は柴犬です。