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学パロ。高校1年生。
自分にいわゆる甘い小説は書けない。
そんな風に考えていた時が私にもありました。
完全下校の時間を告げる放送が流れても、リンの体はぴくりとも動かなかった。疲れたようにぐったりと机に俯せになったまま、視線はぼんやりと窓に向けられている。教室には彼女以外誰もいなかった。薄暗い教室には、スピーカーから流れる放送委員の機械的な声だけが響いていた。
「遅いなあ……」
机に頬を押しつけたままひとりごちる。リンが待っているのは双子の弟であるレンだった。一緒に帰ろうと教室まで迎えに行ったがレンの姿は無く、彼から伝言を頼まれたクラスメイト曰く「用事が出来たから教室で待ってて」ということだった。
「待ってろって……もう3時間も待ってるんですけど……」
しかしそれでもリンには先に帰ろうという考えは浮かばない。待ってろと言われたのだから何時間でも待つつもりだった。多分レンも同じ状況にいたらそうしただろう。これは自惚れではなく、リンにとっては疑いようのない事実だった。だから彼女がこんなに憂鬱な気持ちでいるのは、待ちぼうけをくらったからでも、レンの用事が女の子からの呼び出しだろうと大方の予測がついているからでもない。
リンは溜息をついてそっと胸元に手をあてた。そこには、いつもあるはずの黄色のリボンが無い。そしてこれこそがリンの憂鬱の原因だった。
校則では女子のリボンは赤と決まっているが、リンはいつも黄色のリボンを着けていた。それはレンも同じことで、彼も校則とは違う黄色のネクタイをしていた。それは特に意味の無い行為であり、ただなんとなく、入学式の前にレンと買い物に行った時に、お揃いで買ったものだから着けていたのだ。レンのネクタイは、ほとんどリンが強制的に買わせたようなものだったが、レンも何だかんだ言いつつそのネクタイをきちんとつけてくれた。校則もそう厳しい学校ではなかったし、決められたものとは違うネクタイやリボンをしている生徒は他にもいる。そうしてこれまでは、特に注意されることもなくやり過ごしていた。だが、とうとう今日の昼休みに生徒指導の教師に没収されてしまったのだ。
学校でも何かと目立つ行為の多いリンは(そういう時は大抵レンも一緒だったが)、あまり生徒指導の教師には好かれていない。しかし、やることは多少派手なものの、リンは友人も多く、そう成績も悪くなかった。何より周りの目を盗んで上手くやることが得意だったため、一部を除けばだが、教師にも好かれていた。だから今まで叱られこそすれ、ここまで落ち込むような出来事は起こったことなど無かった。
ただ、今日の昼休みに偶然職員室に用があったリンが(授業中にレンとお菓子を食べていたのがばれた。しかし片割れはうまく誤魔化して難を逃れ、リンだけが呼び出されていた)、職員室から出ようとドアを開けた時に、生徒指導の教師と出くわしたのだ。リンは何か小言を言われる前に早々にその場を立ち去ろうとしたのだが、その女教師はこの機会を逃さんと言わんばかりにリンの肩を掴むと、リボンのことを指摘した。リンはさんざん抵抗したが、最後にはほとんど無理矢理のようにして、そのリボンを取られてしまったのだった。
思い出すだけではらわたが煮えくり返るようだ。返して、と喚くリンを嘲笑ひとつであしらったあの顔が脳裏によみがえってくる。八つ当たりに前の席の椅子を乱暴に蹴った。があん、と派手な音が響いて椅子が倒れる。しかし、ただそれだけだった。それで怒りが治まることはなかったし、苛々が少しでも解消されることは無かった。
大きな溜息をついてリンは顔をあげた。さっき見た時からさほど時計の針は進んでいない。携帯電話を開いてみるが、メールは1通も届いていなかったし、着信もゼロだ。リンは苛立たしげに呻きながら、再び机に突っ伏した。
それにしても遅い。告白ひとつにどうしてこんなにも時間がかかるのか。
誰かさんの告白なんてさっさと断って迎えに来て欲しい。そして今日の話を聞いてもらって、アイスを食べながらあの女教師をやっつける計画でもたてながら帰りたいのに。
レンが放課後に女の子から呼び出しを受けてリンが待たされるのは、そう珍しいことでは無い。それが全く気に触らないと言えば嘘になるが、それよりも弟がこうして女子から絶大な人気を得ることは、仕方の無いことだとリンは思っていた。
顔も良いし性格も優しい、運動も勉強も出来て人望もある。身内の贔屓目を抜きにしても非の打ちどころのない弟が、もてない方が異常だ。むしろ中学の頃にほとんどレンが告白されなかったことがリンにとっては不思議だった。
しかしそうは思っていても、多少は面白くないのも事実だった。誰から告白されてどう返事をしたのか訊いてみたい。しかしそれは、弟を取られそうで不安になっている姿をさらすことと同じだ。それだけは嫌だった。負けず嫌いの気質と姉という立場から、『いつだってレンのことを何の疑いもなく信じている』、そんな自分を演じていたいと常日頃からリンは思っていた。
レンのことを信じている。それは自信を持って言えることだった。リンにとってレンが一番大切であるように、レンにとってもリンが一番大切な存在だと、そう自負している。だが、その気持ちが一瞬でも揺らいだ瞬間をレンに見せるのは、彼への裏切りのような気がした。そしてそれを見せた瞬間に、それが自分から離れてしまうきっかけになってしまいそうで怖かった。だから絶対にそんな素振りは見せるわけにはいかない。
リンはもう一度、何も着けられていない襟にそっと触れた。
リボンが無いことに気付いたレンはどんな反応をするだろう。どうしたの、くらいは言ってくれるだろうか。それともリボンのことには触れずに、帰ろうとだけ言うのか。いや、もしかしたらリボンが無いことにすら気付かないかもしれない。
そこまで考えてリンは苦笑いを浮かべた。
たかがリボンのことでどうしてここまで落ち込んでいるのだろう。そのことにレンが気付くかどうかなんて今考えてもどうしようもないことだ。そしてレンの反応がどんなものであろうと、それが一体何だというのだ。例え気付かなかったとしても、それくらいで落ち込むほどレンへの信頼は薄っぺらいものじゃなかったはずだ。
今日の自分は、いや、最近の自分は何だか少しおかしい。ちょっとしたことですぐ不安になったり悲しくなったりする。馬鹿みたいだ。本当に、馬鹿みたいだ。
(レン、遅いよ。早く戻って来い。お前の大事なお姉ちゃんを、一体いつまで待たせるつもりだ。世界一、宇宙一大事な可愛くて愛しいお姉ちゃんを3時間も、放って置きやがって。もしちんたら歩いて帰ってきたらぶん殴ってやるんだから。走って戻ってこないと、絶対に許さないんだから)
窓の外から聞こえていた部活動の声はもう届いてこない。代わりに教室はしんとした静けさに包まれ、夜の帳が音も無く世界を覆い始めていた。それでもリンはじっと突っ伏したまま、動こうとはしなかった。
(そもそも女の子1人フるくらいで、そうしてそんなに時間がかかるのよ。お姉ちゃんはアンタをそんなへたれに育てた覚えは無いわよ。どんなに可愛くて優しい子でも、あたしには敵わないってことは最初からわかりきってるんだから、だからさっさとフッて戻ってきなさいよ)
人差し指を襟に引っかけて、そのままぎゅっと拳をつくった。ぽっかりとした空白に唇を噛む。
どこにでも売ってあるようなリボンだった。実際、それを買ったのもセールか何かで安かったからだ。だけど大切なリボンだったのだ。レンとお揃いの、大切な、大切なリボン。
きっとそうだ。それだけの理由。
だから、
こんなに、
こんなにも。
(こんなに不安で寂しくて堪らないのは、それだけに決まってる)
「リン!」
リンは目を見開いた。そして勢いよく体を起こして教室のドアを見やった。
「ごめん、遅くなった!」
薄暗くなったそこには、息を切らしながら立っているレンがいた。
その姿を認めた瞬間、リンの胸は言い様の無い気持ちでいっぱいになった。レンが現れたら一番最初に言ってやろうとあれこれ考えていた文句も、一瞬で霧散してしまう。リンはただ、瞬きも忘れてレンを見つめることしか出来なかった。
「実はちょっと予想外な……最初の用事とは別に他の用事が出来て――――」
言いながらレンはリンに近付いて、ふと立ち止まった。そして驚いたように小さく目を見開いた。
「リン、何で泣いてんの」
え、とリンは呟いた。自身の頬に触れると、確かに濡れている。そしてそのことに自分でも驚いた。
泣いてる。
誰が?
私が。
私が? 何で?
一瞬呆然として、しかしレンがこっちを見ていることに気付くと、慌ててぐしぐしと涙を拭った。それから急いで鞄を持って椅子から立ち上がる。しかし、顔は伏せたままだった。
「何でって、そりゃレンがいつまでも待たせるからでしょ。3時間よ、3時間。普通の女の子だったらとっくに痺れを切らして帰ってる時間よ、わかってんの? 3時間も待たされたらお腹も減ってくるしムカついてくるし泣きたくもなるわよばかレン。あーあーお腹減った。罰として帰りに何かおごってよね。いいわけは聞かないから」
口から次々と出てくる言葉は何だか見え見えの嘘ばかりで滑稽に響く。リン、というレンの呼びかけも無視して、リンはまくし立てるように喋り続けた。
「そもそもこれだけ時間がかかる用事って何なの? どーせ女の子の呼び出しとかでしょうけど、たかが告白にどうしてここまで手間取るのよ。好きです付き合って下さい、気持ちは嬉しいけどごめんなさい、これだけで終わりじゃない。まさか告白をオーケーしていちゃいちゃしてたとかじゃ、」
「リンごめん」
腕を掴まれて、リンはようやく喋るのを止めた。ゆるゆると視線を上げれば真剣な顔つきをしたレンがこちらを見下ろしていた。
「ごめん、リン。本当ごめん」
「…………な、によ、冗談に決まってるじゃん、ばか。わかってるでしょ。ちょっと反省させてやろうと思って、それで……それで、嘘泣きで……」
リンの言葉は尻すぼみになっていき、最後にはぷつりと途切れて消えた。何も言わなくなったリンをレンは黙って引き寄せた。それから痛いくらいにその体を抱きすくめる。
「ごめん」
力無く下ろされていたリンの両腕がゆっくりと持ちあがり、レンの制服の背中を掴んだ。それからすぐに、小さな嗚咽が教室に響いた。
こんな風に子供みたいに泣くのは、思い出せないくらい久しぶりのことだった。涙で同情を誘うようなことは、レンだけにはしたくなかった。
だから泣かなかった。男の子に喧嘩で負けた時も、両親にひどく叱られた時も、そこにレンがいればリンは絶対に涙は見せなかった。いつだって対等でいたい。対等でいられればそれだけで良かった。良かったと思っていたのだ。だからこんな風に泣いている自分を慰められる日が来るなんて、リンは考えたことも無かった。
これじゃあどちらが姉で弟なのかわからない。弟に姉が慰められてるなんて、屈辱的だ。
それでもレンに抱きしめられた瞬間、色んな感情が溢れてきて自分でも制御できなくなってしまった。レンのせいで不安や怒りを覚えていたのに、レンの声を聞いて、その姿を捉えた時にはそれが消し飛んでしまうのがどうしようもなく悔しかった。悔しいけれど、それでもやっぱり安堵してしまう。レンが名前を呼んで、傍にいてくれることは、何より嬉しくて幸せなことだった。否定しようの無い事実だった。
泣き続けるリンの頭を撫でながら、レンはリンの髪にそっと頬を寄せた。
「よしよし、今回ばかりはオレが悪かった。ごめんねリン」
「ば、ばかれん……っ、うっ、うえっ……。さっ、さんじかん、もっ……放って、おくなこのあほおおっ」
「うん、ごめん。でも大事な用があったんだよ」
ぴくりとリンの肩が震えた。レンの背中にまわした腕の力が少し強くなる。
「だから、こ、告、白、でしょ……っ、どうせ」
「いや、それとは別。ほらこれ」
レンはリンの体をゆっくりと離すと、ポケットから取り出したものを見せた。リンの目がゆっくりと見開かれる。
「これ……あたしのリボン」
それは間違いなく今日の昼休みに取り上げられてしまったリボンだった。しかしどうしてこれをレンが持っているのかが理解できずに、リンは困惑した表情のままレンを見上げる。
「これ、どうして……」
「リンがリボンとられたって聞いたから、アイツが会議の間に職員室からとってきた」
レンはにやりと笑ってから、静かに手を伸ばしてそのリボンをリンに着ける。
「まあ、あいつがなかなか会議に出ないから思った以上に時間がかかったんだよね。だけどほら、正真正銘リンのリボン」
リンの胸元に戻って来たリボンを見て、よし、とレンは満足そうに微笑んだ。その顔を見て、リンは再び息苦しくなるほどに胸がいっぱいになるのを感じた。何から言っていいのかわからずに、その代わりのように止まっていた涙が込み上げてくる。それを見てレンは困ったように笑うと、もう一度リンを抱きすくめた。
寂しさをもう感じないのは、きっとリボンが戻ってきたからだ。大切なレンとの絆が戻ってきたから、だからこんなにも胸が締め付けられるような気持ちになるのだ。逆に言えば、さっきまでの不安は全部このリボンが無かったから。
今はそういうことにしておこう。今だけは色んなものから目をそむけて、この一時に身をゆだねていたい。
リンはレンにしがみついたまま、囁くように言葉を紡いだ。
「……ありがとう、レン」
「どういたしまして、リン」
10.05.03
レンが中学時代そんなにもてなかったのは、同級生がシスコンブラコン具合を嫌というほど知っていたからです。
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